困難の中でも未来を見つめ 劇団民藝が「どん底」 戦後直後の東京を舞台に〈2021年3月28日号〉

 劇団民藝は4月8日から、創立70周年記念の「どん底ー1947・東京ー」を公演します。ゴーリキーの名作「どん底」を、戦後直後の東京・新橋を舞台に脚色した新作です。昨年春に、上演直前でコロナ禍で延期になり、1年越しに実現する舞台。出演する日色ともゑさんに聞きました。

日色ともゑさんに聞く

「どん底」の稽古場で=東京都出身。66年に劇団民藝劇団員。同年『アンネの日記』アンネ役(5代目)に。NHK朝の連続テレビ小説「旅路」やテレビ小説「おていちゃん」、「大草原の小さな家」母親役(声)などで知られる。著書に『宇野重吉一座・最後の旅日記』

 ―ゴーリキーの名作の舞台を、戦後直後の東京に移すのですね。

 敗戦後、がれきの山となった東京で、いろいろな背景を持った人たちが、ある焼けたビルの半地下に集まり、残酷な世界のなかで必死に生き抜き、未来を見ています。

 私も東京の出身なので、当時の新橋や銀座の雰囲気を知っています。この舞台のお話を聞いて「あっ」と、当時のことがよみがえりました。(脚本の)吉永仁郎先生の素晴らしい発想ですよね。出てくるエピソードの一部は、吉永先生自身の体験でもあり、いつか書いてみたいとあたためていた、と伺いました。

 戦後、新憲法が生まれ、ある意味で、生き生きと、自由な生き方ができるようになりました。私たち新劇の先輩も、戦前は自分たちがやりたい芝居をやることができませんでした。みんなが貧乏だったからこそ、互いに助け合って、あたたかい。そういう人たちの物語です。

 ―演じられる細井みどりも、戦争で傷ついた女性です。

 自称25歳、何歳と考えてくださってもいいんです(笑)。最底辺の夜の商売で生きている女性です。

 小学校時代に印象的だった先生がいます。少し年配の先生でしたが、私が作文で、脱脂粉乳のミルクなんて飲みたくない、あんなまずいもの、どうして飲まないといけないんだ、という詩を書いたら、すごくほめてくれました。後で当時の友人に聞いたら、「あの先生は、毎晩、屋台で飲んだくれていたよ」と。戦前に子どもたちに教えていたことから、戦後にその価値観ががらりと変わったことにとまどい、傷ついておられたのでしょう。

 この舞台に出てくる人たちも、家を焼け出されたり、ひどい体験をして、それぞれが戦争で傷ついています。

東京大空襲が自身の原点に

 ―日色さんの家も空襲にあったそうですね。

 日本橋の蛎殻町かきがらちょうに生家があって、3月10日の東京大空襲ですべて焼けました。私たちは、千葉の親戚のところに疎開していて、父が一人で家にいたので、何とか生き延びました。私たちが一緒だったら、足手まといになって、たぶん死んでいたでしょう。あの時、生き残ることができた、そのことが、私がいろいろなことを考えるうえでの原点です。

 ―戦争に関する舞台に多く出演され、女優たちによる原爆体験の朗読「夏の雲は忘れない」など平和を訴える活動にも取り組んでこられました。

 小学校5年の時、新藤兼人監督の映画「原爆の子」を見て、原爆のことを知りました。劇団に入ってからも、いつか原爆のことを朗読する機会があればと思っていました。

 劇団の女優の水原英子さんが原爆の体験を6人の女優が朗読する「この子たちの夏」に出ていたんです。水原さんに誘われて観に行って、客席から立ち上がれないくらい心を動かされました。

 その後、宇野重吉先生(民藝創立者の一人)が亡くなって、目標を見失ってしまったというか、演劇を続けるか、迷っていた時に、水原さんが「この子たちの夏」の新しいメンバーに私を推薦してくれました。あの時の助けがなかったら、私は演劇をやめていたかもしれません。それ以来ずっと、東京大空襲の詩や、原爆体験の朗読などに取り組んできました。

 ―コロナ禍による延期で1年越しの公演です。

 延期が決まった時にショックはありましたけれど、中止ではなく、延期だから、1年後か2年後かになっても、必ずやれると思っていました。

 宇野先生が、「上演が決まっている芝居のことを、5分でもいいから毎日考えること、心のどこかで思うだけでも違うんだ」と話されていました。熟成したワインのように、特別なこの1年間の跡が、お芝居から出てくればと思います。

特別な1年間の跡が、お芝居から出てくれば、と話す日色さん

 ―観に来る人たちへのメッセージをお願いします。

 「どん底」というと、暗いお芝居をイメージされるかもしれませんが、一所懸命、未来に向かって生きようとする人たちの、生き生きとした舞台です。当時流行した映画音楽やジャズとともに、どんな環境にあっても、自分の生き方を見つけようとする人たちが描かれています。

 コロナ禍で家にこもらないといけなかったり、大変ななかですが、そのなかでも様々な楽しみを見つけて、この困難を切り抜けていきたい。

 お芝居は、客席と舞台でつくるものです。私たちの演劇の灯を消さず、まだ数年かかるかもしれないけれど、劇場いっぱいのお客さんが戻ってくる日を、必ず取り戻したいと願っています。

どん底
─1947・東京─
4月8日〜18日
紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA(新宿南口)
問合せ 044(987)7711 劇団民藝

 

東京民報2021年3月28日号より

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