【 #Web東京民報 連載】21  Win・winの関係、寺田寅彦

 山脈にたとえられたほど広範囲の才子に恵まれた金之助(漱石)の人脈において、もし利害の得失を勘定したら、双方に最も大きな益をもたらしたのは寺田寅彦ではなかったろうか。父利正の転勤の都合で東京から高知に移り、明治29(1896)年に熊本の五高に入り、終生交際が密に続いた偉大なる師、金之助と出会った。留学中の二人のやり取りは飛び抜けて多く、また教え子でありながら「這般の理を解するのは寅彦先生のみ」と、親しさの中にも寅彦を敬う姿勢がうかがわれる。

 帝大の実験物理学科を主席で卒業、院に進んで講師となり、後に教授、理化学研究所、地震研究所にも籍を置いた。学位論文は「尺八の音響学的研究」で、着眼点の奇抜さは、小説『三四郎』の中で穴倉に籠って光線の圧力実験をしていた野々宮宗八に通じる。事実小説の題材は実際に寅彦から見聞きした経験に拠るところが多く、『我輩ハ猫デアル』の寒月君はほぼそのまま寅彦と見て差し支えない。寅彦の日記には、「寒月や谷に渦巻く温泉の烟」、「寒月に腹鼓うつ狸哉」など、寒月を頭に置いた句が登場する。また、明治38年の寅彦宛の金之助の手紙には「…時に続々篇には寒月君にまた大役をたのむ積りだよ」と、『猫』の続きの中に寅彦をモデルとした寒月君を登場させることを予め断っている。

小石川植物園のどんぐり(文京区白山) 明治40年9月8日付の寺田寅彦宛の書簡では、寅彦が『ホトトギス』に載せた「やもり物語」についての評を下し「文章の感じは君の特長を発揮している。やはりドングリ感(省略)である。(中略)何となくつやっぽくて、底にハイカラを含んでゐる感じは外の人には出しにくい」と高く評価している。現在の小石川植物園には、明治8年着工の東京医学校本館が移築されていて(昭和44年)、金之助もここに掛かったかもしれない。

 一方、明治38年4月の『ホトトギス』には、寅彦の『団栗』が掲載になった。明治34年の2月に、22歳の本人と五つ下の妻夏子が、西片町の下宿から小石川植物園まで出かけた様子を淡々と描いた小品で、この時夏子は妊娠5カ月であった。前年の暮に夏子は吐血し病に臥せっていたが、辛うじて容態が落ち着き、月末に土佐へ帰る前に、二人は小石川まで散歩するのである。5月に夏子は土佐で長女貞子を出産。しかし35年11月に19歳で死去してしまう。『団栗』の「…出口のほうへと崖の下を歩く。なんの見るものもない。…落葉に交じって無数のどんぐりが、凍てた崖下の土にころがっている」という下りは、この小品が掲載された時には既に夏子は亡くなっていたが、夏子のはかない運命を匂わせる表現となっている。

 一般に寅彦と聞くと「天災は忘れた頃にやってくる」という言葉が浮かぶように、物理・地震学者としての側面が強い。しかし、五高で英語を金之助に、数学と物理を田丸卓郎に学び、その薫陶を両面から受けて、文学と理学の融合に腐心した。大正9年に胃潰瘍で体力が衰えると「吉村冬彦」のペンネームで文筆活動に没頭し、漱石の門下生松根豊治郎の『渋柿』を拠り所に作品を投稿。昭和10年の末日に骨腫瘍のため57歳で亡くなった。

(いけうち・としお 日本文化・文学研究家)

〈東京民報 2020年11月25日号より〉

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