背景に構造的な過酷労働 相次ぐ路線バス事故〈2022年12月25日号〉
- 2022/12/25
- 労働・市民
神奈川中央交通(本社・神奈川県平塚市)の路線バスが町田市能ヶ谷7丁目の住宅に突っ込む事故が11月18日午後8時20分頃に起き、子どもを含む男女8人がけがをしました。事故現場はバスの運行ルートから外れた閑静な住宅街の一角で、バスを運転していた男性運転士は事故当時に「貧血で意識を失っていた」と警察の調べに答えているといいます。路線バスの事故は各地で相次いでおり、運転士個人の問題だけなのか取材しました。
運転士「睡眠確保できない」
事故を起こした神奈川中央交通は神奈川県、山梨県に路線を持ち、東京では町田市や多摩市、八王子市などで通勤通学の足として路線バスや貸し切りバスを担う他、東京駅などからの夜間高速バスも運行する小田急電鉄の持ち分法適用会社(グループ会社)です。事故を起こしたバスは多くの学校、大学の最寄駅である小田急線鶴川駅から発車する平和台循環路線のワンマン運転で、運転士1人で金銭授受などを含めて対応していました。
事故現場はセンターラインと歩道のない住宅地の対面通行道路で信号のない交差点を右折するはずのバスは、ルートを外れて直進し事故に至りました。近くに高校などもあり、鶴川第二小学校の通学路にもなっています。近隣住民は「驚きました。通学時間での事故だったら大変なことになっていたかもしれません」と驚愕の表情で語ります。
同社で30年以上ハンドルを握る運転士は「乗り合いバスの規制緩和(2002年)以来、安全管理は後回し。経営側の安全に対する意識が希薄になり、事故への意識が麻痺している」と警鐘を鳴らします。ワンマンバスでは安全確認や運転だけでなく、車内アナウンスや安全配慮、金銭管理などマルチタスクを求められています。「機械化が進む一方で車内でやることが増え、休憩時間は減らされている。自動アナウンスもスイッチを入れれば放送されるのに、肉声で行うよう指導され、人事評価の対象とされる」と訴えます。
さらに「定刻運行の順守を求められるが、ダイヤそのものに余裕がなく『先急ぎの心理』が常に働き確認が甘くなりがちだ。車イスやベビーカーへの対応があれば遅延する」と分析。公営の路線バスと比較してダイヤに弾力性などはなく「利益をもたらす道具のような扱いだ」といいます。
同社は規制緩和後、他社同様に会社を分割して運転士の賃金を低くする施策を進めてきました。30年以上乗務するベテラン運転士で基本給は25~28万円で残業をしないと生活が成り立ちません。
月の所定残業時間は55時間。午前6時から午後9時過ぎまでの15時間の拘束時間の日が月に10日を超すことも常態化し、乗務以外の待機時間は勤務時間に算入しないなども横行。退社時刻から出勤時刻までのインターバルが8時間という日も少なくありません。「通勤時間が片道30分でも食事や入浴、家族との時間を最低限にしたとしても睡眠時間が確保できない。疲弊し神経が休まらないので寝付けない。睡眠時間が4時間ということもある。寝てないのだから安全ではありません」と話します。
業界全体の問題
ある運転士は「5日連続勤務の内3日間はインターバルが8時間。1、2日目は15時間拘束の長時間勤務で、3日目が始発便運転のために4時台に出勤する早朝勤務、4日目に長時間勤務、5日目が早朝勤務というのが実態」と勤務実態を告発。「これでもコロナ禍による減便などで少し余裕があるくらいです。過酷だから事故が減りはしません」と語ります。同社の営業所では年頭の事故目標が8件とされることもあり、「“事故はあるもの”でゼロにする気がない」といぶかる声もあるといいます。
路線バス事業者では低賃金、長時間労働が横行。従業員の定着率が低下し、運転士も高齢化していることから健康問題も深刻化していますが、「勤務評価の引き下げを恐れ服薬や通院などについて申告できないこともある」のが実態と複数の会社の運転士が指摘します。「バス事故は乗客と運転士のみならず、歩行者も巻き込めば大惨事になる可能性がある。業界全体の対策が急務」との現場の声を、監督官庁の国土交通省も含めて受け止める時です。
東京民報2022年12月25日号より