2022年2月24日、ロシアが隣国のウクライナに軍事侵攻を開始し、世界に緊張が走りました。2000年から日本で歌手として活動を続けるウクライナ出身のナターシャ・グジーさんは、民族楽器バンドゥーラを奏でながら、「天使の歌声」とも評される澄み切ったソプラノボイスで平和や希望を歌い、音楽を通じてウクライナの文化を日本に伝え続けています。昨年から母国を支援するため、さまざまなプロジェクトを展開。「かわいそうという同情ではなく、ウクライナに興味や関心を持ってもらうことが長期支援につながる」と語るナターシャさん。全国47都道府県をめぐるチャリティーコンサート「CFU(Charity For UKRAINE)47」の合間に、母国への思いや音楽について話を聞きました。
―2022年はナターシャさんにとってどのような1年でしたか?
報道で悲しい現実が伝えられ、「自分は何もできない」という無力感で当初はたくさん泣きました。ウクライナには生まれ育った故郷があり、家族や友人、親戚、お世話になった多くの人が、不安な日々を過ごしているのです。
でも今、ウクライナを離れている私だからこそ、母国のためにできることがあると思うようになりました。ウクライナの人々はこれまでも幾多の困難な歴史を乗り越え、愛する国や美しい文化を守ってきた。私は音楽家として、私にしかできないことを精一杯やっていきたいという気持ちが強くなり、3月から多彩な支援プロジェクトを企画し、取り組み始めました。
―母国を思い、ナターシャさんの音楽に何か変化は生じましたか?
私が奏でる音楽は大きく変わっていません。むしろ、聴いてくださる皆さんの受け止め方が変わった気がします。今は多くの日本人がウクライナを応援し、心を寄せてくださっている。ステージでウクライナの伝統的な音楽やオリジナル曲、なじみ深い日本の楽曲を、ウクライナの民族衣装を着て、民族楽器で演奏し、ウクライナ語で歌う私の姿を通し、遠い国と感じていたウクライナを、より身近に感じていただけているのではないでしょうか。
刺しゅうを販売し被災者を支援
―現在取り組んでいる支援プロジェクトについて教えてください。
メーンは全国47都道府県をめぐるCFU47「希望の大地」チャリティーツアーです。22年内に、36都道府県での開催が実現しました。その合間に、別のチャリティーコンサートも行っています。
コンサートの収益は主催者が人道支援などに寄付し、出演料やCDなどの物販で得たお金は、現地にいる幼馴染の友人に送金します。友人がさまざまな村を回り、家が爆撃されるなどして住む場所がない人たちに、必要なものを必要なだけ購入し、一人一人に手渡してくれるのです。
例えば、食料や赤ちゃんのおむつ、自分よりペットを心配し、ペットフードを望む人も多いです。友人は物資を届けるだけでなく、どのような経験をしたのか、悩みを抱えているのかなど、毎回話を聞いています。それにより、被災者の心が少し楽になる。とても大事な支援のひとつです。
同時に、ウクライナ人の魂ともいえる文化に刺しゅうがあり、刺しゅうをあしらった民族衣装「ヴィシバンカ」が手元に残っていたら、買い取らせてもらいます。衣装には持ち主の手書きメッセージカードを添えて日本に送ってもらい、コンサート会場などで支援グッズとして販売しています。その売り上げは全額再び、被災者の生活支援に使います。
―文化を通じてウクライナと日本がつながるのですね。
衣装を購入してくれた人は、5年後、10年後に「持ち主のウクライナ人はどうしているのかな」と思いをはせ、長く気持ちがつながっていくと思います。
また、ウクライナ人が大切にしている食文化にボルシチがあります。おいしく楽しんで応援してもらうことを目的に、私のオリジナルレシピを「なっちゃんボルシチ」と名付け、レトルトにしてクラウドファンディングで応援購入を募りました。ビーツをたっぷり入れ、鶏肉を使ったさっぱり味のボルシチです。今後はコンサート会場やホームページから購入できます。
SNS(ネット上の交流サイト)では「#勝手にウクライナ語会話」を毎日発信しています。日本に避難しているウクライナ人との会話に取り入れてみたら、とても喜ばれたというコメントがありました。避難者は故郷を離れて心細い思いをしているので、ぜひ使ってほしいです。