東京産のブランド牛「東京ビーフ」をご存知でしょうか。東京育ちの黒毛和牛で、「東京ビーフ生産流通協議会」が認定した牛だけが名乗ることができます。地域の都市化や生産者の高齢化・担い手不足、子牛(素牛)の高値止まり、TPP(環太平洋連携協定)による競争激化など、畜産業を取り巻く厳しい状況を乗り越え活路を見出そうと、7年前にブランド化をスタートさせました。肥料価格や電気料金の高騰など逆風が強まる中でも、現在8軒の畜産農家が頑張っています。その一軒、東久留米市の榎本貞夫さん(58)の牧場を、都議会で初めて「東京ビーフ」のPRと畜産農家への支援を都知事に求めた原のり子都議(日本共産党)と訪ねました。
地産地消の畜産で活路
「やるからには東久留米産の『東京ビーフ』を食べてもらいたかった」。
乳牛を飼育していた父親から、肉用牛に転換して引き継いだときの榎本さんの強い思いです。
「乳牛の飼育は人手や搾乳機などの設備が必要で、一人で継続するには負担が重い。だったら一人でも採算が見込める肉用牛に切り替えて、高齢になっても衰えなかった父の畜産への情熱を受け継ごう」と決断したのです。「東京ビーフ生産流通協議会」の設立(2020年)が、背中を押しました。
榎本さんは、12頭の牛を飼育。生後数カ月の子牛を購入し、約30カ月まで育てて売りに出し、新たな子牛を補充します。牛舎には木工所から引き取ったおがくずを敷き詰め、定期的に清掃するなど病気にならないよう衛生面にも気を配ります。飼料はそれぞれの育成時期に合わせて配合。糞尿は堆肥にして循環型農業に活用しています。
一方、匂いやエサを目当てに集まる大量のハトなど住宅地ならではの苦労に加え、ロシアによるウクライナ侵攻の影響による肥料高騰、猛暑で大型扇風機の長時間使用による電気代の負担増など、経営状況は厳しさを増しています。
榎本さんは「飼料代は始めたころと比べ1.5倍にもなっている。(都の畜産経営緊急支援事業による)1頭5万400円の補助を再度やってほしい」と言います。
やわらかで美味
「いい和牛を徹底してつくり、地元の皆さんに食べてもらえる地産地消の畜産業」にこだわる榎本さん。丹精込めて育てた牛の肉は、最高ランクA5。買い取り価格も高くなります。専門業者によって加工された「東京ビーフ」は、JA東京みらい東久留米支店の直売所「新鮮館」で購入することができます。
精肉コーナーの冷凍庫にはステーキやすき焼き用、ハンバーグなどとして真空パックで並びます。冷凍庫のドアには、牛の耳に付けられたタグと同じ数字10桁の個体識別番号、出生からト畜までの経歴一覧を表示。QRコードをスマートホンで読み取ることでも閲覧できます。
気がかりな売れ行きは、「価格は良心的ですし、今は市のキャッシュレスポイントバックが活用できるので、売れ行きも好調ですよ」(阿保千晶・JA東京みらい指導経済主査)とのこと。買い物に訪れていた80代の女性は「ちょくちょく買っています。やわらかくておいしいです」と太鼓判を押します。
年間80頭を出荷
「東京ビーフ」は伊豆諸島南端の青ヶ島などで生まれた牛を八王子市などで肥育した東京育ちの黒毛和牛。近県で生まれ肥育された牛も含まれますが、最長飼養地が東京都内で血統が明確な黒毛和牛であり、東京ビーフ生産流通協議会が認めるト畜場でト畜されたことなど、同協議会の定義を満たした牛だけが認定されます。
年間出荷頭数は全体で80頭前後、他のブランド牛に比べ圧倒的に頭数が少なく、「幻の黒毛和牛」と呼ばれることも。JAの通販サイトから購入できる他、都内のレストランや焼き肉店10店ほどが提供しています。
肉質はキメが細かく艶があり綺麗にサシが入っており、「脂の融点が低いので口に入れた瞬間に溶け、良質な脂の甘味と濃厚な肉の旨味を味わうことができます」(東京ビーフ生産流通協議会ホームページより)。
「もっとたくさんの人に東京にもおいしいブランド牛があることを知ってほしい」。榎本さんの願いです。
農畜産が継続できるよう 原のり子都議の話
私は東久留米市議の時代に農業委員を経験し、地元の農家のみなさんにいろいろと教えてもらいました。都市農業は新鮮で安全な農畜産物の供給にとどまらず、やすらぎや潤いをもたらす緑地空間の提供や地下水の保全にも役立っています。今回取材に同行して地産地消にこだわり、安全でおいしい生産物を消費者の皆さんに食べてもらおうと頑張っている農家のみなさんのことをもっと多くの都民のみなさんに知ってもらいたいと改めて思いました。東京都で農畜産業が継続できるよう応援していきます。
東京民報2023年11月5日号より