絵本・紙芝居作家のまついのりこさん(1934‐2017年)の足跡や業績を伝える初の伝記「まついのりこ~知らない土地も愛することでやがてふるさとになる~」が、ベトナムの出版社から昨年刊行されました。のりこさんは、ベトナムでの紙芝居文化の普及活動に長年取り組み、共感を広げたのが出版のきっかけになりました。(松橋隆司)
ベトナムの出版社が刊行
著者のブァン・タイン・レさんは、1986年生まれの若い作家。のりこさんの活動を支えたキム・ドン出版社に勤務しています。伝記は、ベトナム語版と日本語版を一冊にしたユニークな本です。日本語版は、翻訳家の樋口ホアさんが訳しました。
サイゴン川に散骨
本書は冒頭で、長女で壁画家の松井エイコさんと次女でパントマイミストの松井朝子さんが2019年6月、クチトンネル戦跡を流れるサイゴン川で父・幹夫さんと母・のりこさんの遺灰を散骨したことを紹介しています。エイコさんはこの時の気持ちを「紙芝居文化の会」の会報で「アメリカの侵略に屈することなく戦い抜いたベトナムの人々とのりこさんがずっと共にいてほしかったのだ」と記しており、ベトナムへの平和を願う気持ちの深さがわかります。
紙芝居への取り組み
のりこさんは、長女のエイコさんが4歳の時、美術教師を退職し、「絵画について学びたい」と28歳で武蔵野美術大学へ進学する決断をしています。
当初取り組んだ絵本で多くの業績を上げた後、80年代、46歳の時から紙芝居作品の創作に取り組みます。その一つ「おおきくおおきくおおきくなあれ」は、紙芝居作家・高橋五山を顕彰した賞を受賞。この作品や「ごきげんのわるいコックさん」が、外国でも評判になりました。
紙芝居の理論についても研究し98年、64歳の時に、「紙芝居・共感のよろこび」を刊行、この理論に基づき日本全国で紙芝居講座を開き、01年に創立された「紙芝居文化の会」の代表を12年務めました。
「素晴らしい文化だ」
彼女は、「児童書出版研修講座コース」の講師として91年、文化や出版の関係者が集まる中で、紙芝居を演じ、会場を大きく沸かしました。会場にいたキム・ドン出版社のグエン・タン・ブ社長は「これは素晴らしい文化だ。ベトナムの作家によって紙芝居をつくり出版しよう。ベトナム全土に普及しよう」と呼びかけ、拍手が沸き起こりました。この時を、著者は「ベトナムの紙芝居がその第一歩を歩みだした」のだと書いています。
その後、「紙芝居研修講座」が開かれベトナム人の作品が次々出版され、「太陽はどこからでるの」などの作品が、童心社から出版されています。今は「ベトナム紙芝居の会」と日本の「紙芝居文化の会」が交流しています。
世界に広がる
「紙芝居文化の会」は、世界55カ国に会員が広がっています。
日本独自の文化として発展した紙芝居が、なぜ世界に広がっているのか。それは「共感の感性」を育むからです。
エイコさんが紙芝居を記者の前で演じてくれました。演じ手は画面をもとに、問いかけ、演じ手と観客の相互作用で高揚感が生まれ、画面を1枚1枚抜くときのワクワク感を実感しました。
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本はクレヨンハウス東京店で、2200円で販売しています。問い合わせは 0422(27)2114
東京民報2024年1月21日号より