消えゆく命と活気づく生 息子が記録した父の最期 映画『あなたのおみとり』〈2024年8月11・18日合併号〉

 前作『たまねこ、たまびと』(23年)で、多摩川の河川敷に生きる猫と人間を追い続けたドキュメンタリー映画監督の村上浩康氏が、今回カメラを向けたのは両親。「うちに帰りたい」と、末期がんで入退院を繰り返していた父・さこうさん(91)の希望で、自宅での看取りを決意した母・幸子さん(86)。40日余の看取り期間、息子はカメラ越しに、生と死に向き合うありのままの2人を見つめ続けました。シリアスなテーマでありながら、時にユーモラスで爽やかな余韻が残る本作について、村上監督に聞きました。

村上浩康(むらかみ・ひろやす) 1966年宮城県仙台市生まれ。2012 年のデビュー作『流 ながれ』で文部科学大臣賞。連作『東京干潟』『蟹の惑星』(19年)で新藤兼人賞金賞、文化庁優秀記録映画賞など受賞。『たまねこ、たまびと』(23 年)など作品多数 

 ―今回の被写体はご両親で驚きました。

 映画のつくり手として隙あらば何か撮影したいと考えていますけど、まさか親を撮ることになるとは思っていませんでした。

 父の看取りにどうすれば積極的に参加できるかと考えた時、撮影しようと思い立ったのです。カメラを回すと、父の介護を通じ、老老介護やオレオレ詐欺といった日本が抱える高齢化社会の問題、看取りにおける近所づきあいの大切さなど、普遍性のあるさまざまな事象が見え、これは映画になると確信しました。

 現代では多くの人が施設や病院で亡くなり、身内の死でさえ間近に見ることは少ない。この機会に撮らなければいけないという気持ちがありましたし、撮影をしていると、現実の出来事に入り込み過ぎず、一歩引いて俯瞰ふかんできる。看取り中に母が持病の悪化で倒れたときも、冷静に、客観的に物事が判断でき、動じることはありませんでした。記録することの効能を感じました。

© EIGA no MURA

 ―撮影に関して、ご両親の反応は?

 最初は何も伝えず、カメラを向けてみたんです。父はちらっとカメラを見ただけ。母は、僕が父を元気づける一環として撮り始めたと思ったのでしょうね。「お父さんの映画ができるかもしれないよ」と笑って、終始、協力的でした。父が息子のわがままを許してくれているのだと勝手に解釈し、自由に遠慮なく撮影しました。映画を撮らせてくれたことが、父からの何よりの遺産です。

介護ケアは生命の接触

 ―24時間、献身的に介護するお母さんのパワーがすごいです。

 父が弱っていくのと対照的に、母はどんどん元気になるんですよ。父の生命エネルギーが、母に吸い取られていくような感じ。その要因は、新たな出会いがあったからなんです。介護のヘルパーさんや訪問看護師さんなど、いろんな方が家に来て、とても親切にしてくれました。そこで人間関係、コミュニケーションが生まれ、母は生き生きしてくる。父の死を撮るつもりが、母の映画になっていきました。

 ―看取りの大変さを改めて実感しました。

 福祉の力がなければ、家で看取るのは無理でした。慣れていない母と僕で介護をやっても、父が痛がり、負担になる。ヘルパーさんが体を拭いてくれたり、着替えさせてくれたりすることは、単なる肉体的なケアだけでなく、肌と肌が触れ、人のぬくもりを感じられるということ。父にとっては最後の社会的なつながりで、生命と生命の接触を感じました。福祉関係の方々には感謝しかありません。

© EIGA no MURA

 ―人間界だけでなく、庭の花や虫、傘などの映像が、印象的に捉えられています。

 人間の世界を人間の価値観や尺度で見るだけでは、限界が来ると思うんです。人間以外の生命の営み、死生観も盛り込み、あえて対比させて描きたい。父が最期を迎えようとしているすぐそばでも、生き物たちの生と死が繰り返されているという、大きな視点を入れました。

 母は昔から雨上がりに傘をガレージの上に干すので、そのシーンをラストカットにしようかなと思っていたんです。雨は父の看取りや別れ、悲しみの象徴。雨が止み、傘を干す行為は、歩みを進めて芽吹く希望。ポスターの傘は、2人の思い出が舞っているようなイメージです。

© EIGA no MURA

 ―お父さんはどのような方でしたか。

 小学校の教員で、おとなしい人でした。晩年はスイーツ作りにハマり、バレンタインデーになると80代の父から50代の息子に、手作りのケーキとチョコレートが大量に送られてくるんですよ。しかも、ご近所にも配るんです。旅行も好きで、アメリカで同時多発テロが起きた翌年、父と2人で厳戒態勢のニューヨークを旅しました。

生きることも死ぬことも大変

 ―海洋葬が、映画の雰囲気を爽やかにしています。

 もう少し風情があるのかと思っていたのですけど、遺灰を袋に小分けして、海にぽんっと投げ入れて。結果的には湿っぽい別れにならず、さばさばして良かった。踏ん切りがつき、明るく爽快な気持ちになりました。

 松島湾の遊覧船をチャーターしたので、海洋葬の後に船長さんがサービスで、島巡りをしてくれたんです。ガイドのテープが流れ、島の説明を聞いているうちに、遺族も観光気分になっちゃった。

 ―肉親の看取りを振り返ってどうでしたか。

 人間は死ぬことも大変だと分かりました。福祉から葬儀関係の方まで、たくさんの人の力を借りなければ、あの世に行くことすらできない。人間は最後まで、社会的なつながりの中で生きていることを意識しました。もし自分の死期が分かったら、『わたしのおみとり』を撮ろうかな。

© EIGA no MURA

『あなたのおみとり』
製作・監督・撮影・編集 村上浩康
タイトル&イラスト:岩渕俊彦(紙町銅版画⼯房)/整音:河村大(スタジオ・アーム)/挿入歌:「私の青空」(唄:榎本健一)/宣伝デザイン:中野香/配給・宣伝:リガード
ドキュメンタリー/2024/⽇本/95分/DCP/©EIGA no MURA
2024年9⽉14日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次ロードショー

東京民報2024年8月11・18日合併号より

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