巌さんの今を彼の言葉で 袴田事件を追い22年 映画『拳と祈り』笠井千晶監督に聞く〈2024年9月29日号〉
- 2024/10/1
- 文化・芸術・暮らし
ギネスブックで「世界で最も長く収監されていた死刑囚」として世界記録に認定された、元プロボクサーの袴田巌さん。袴田事件(ことば)の被告人として、人生の大半を獄中で過ごすことを強いられました。半世紀近く経過した2014年3月の再審開始決定の際、裁判長が「証拠ねつ造の疑いがある」と捜査機関を厳しく批判したことでも話題になりました。再審・無罪を信じて家族をはじめ、日弁連やプロボクサーらが支援を続けています。再審の地裁判決(9月26日)を前に、軌跡を映画化した『拳と祈り ―袴田巌の生涯―』について、笠井千晶監督に聞きました。
―袴田事件と関わるきっかけを教えてください。
笠井 静岡放送の記者時代に記者クラブで、袴田事件の再審請求への支援を求めるパンフレットを手にしたんです。そこに巌さんが獄中から家族に宛てた手紙の一節が記されていました。
社会から姿が見えず、声も聞こえない。その中で「明日、死刑が執行されるかもしれない」という日々を過ごされている方が、今生きている。手紙の実物を見てみたい。居ても立っても居られず巌氏の姉の袴田ひで子さんに会いに行ったのがきっかけでした。
そういう状況に置かれた人間(死刑囚やその家族)がどうなってしまうのか。巻き込まれてしまっても、自身を保つことがどうしたらできるのか。無罪を信じる確固たる信念はどこから来るのか。人間の真実に近づきたいという思いでした。いつの間にか22年経っていました。
―テレビ局から独立して映画を作ったのはなぜですか。
笠井 ある時からテーマを掘り下げて映像で表現するドキュメンタリーが、仕事として成り立つのであれば、理想だと思うようになりました。
地方局のドキュメンタリー制作の現場は非常に厳しく、放送も深夜ですし、制作の機会が年間1本という制約もあり、数多く作りたいと思ってもできない環境でした。自分なりに、違う発想でドキュメンタリーを作り続けられるためのヒントを得たくてニューヨークに留学しました。
日本に軸足を置いて続けたいと最初から決めていたので、帰国後も環境を変えていきました。その中の大事なテーマの一つが袴田さんであり続けたことは変わりません。映画の形になって、ようやくここまできたという感じです。
テレビではできないことを、映画で表現しようと意識しています。テレビの正解は万人が同じように100%理解できる、わかりやすさです。今は作り手も無自覚にテロップ(字幕)を多用します。出せば出すほどわかりやすいとの幻想があるのかもしれません。せっかくの映像表現なのに、クリエイティブな部分がとても少なく、映像から受け手が想像力を働かせ、何かを読み取れる余地がない状況です。
ドキュメンタリーはテレビの正解とは対極。映像表現の奥深さを大切にしながら極めていきたいと思っています。テレビに求められる表現はとても縛りが多いため、劇場で見ていただく映画では、自由に味わいながら楽しんで頂ける表現を大事に考えています。本作もテレビでは絶対できないことをやろうと思って作りました。