三宅島で4月初めに、「平和憲法を未来へ」という手作りの看板が、都道脇に設置され、評判を呼んでいます。
設置したのは、日本共産党の三宅村元村議の寺本恒夫さん(90)。「憲法を変えようという危険な動きが強まる中で、本当は首相官邸前に行きたいくらいだけど、90歳では、なかなか行くわけにもいかない。何とか自分の思いを表したいと、自宅の敷地に看板をつくった」と話します。

自身の姉は戦時中、満州に行き、苦労して引き揚げてきました。兄もフィリピンで従軍し生き残ったものの、戦争中のことは、一切、話したがらなかったといいます。兄が出征した際は、父が「生きて帰ってこれるかな」と話したことを作文に書いたところ、教師から「非国民」と怒られました。
「そんな体験が色々あったから、戦後になって授業で、文部省(当時)が日本国憲法を解説した『あたらしい憲法のはなし』を習ったときは、『いまの憲法はすばらしいな』と真剣に聞きました。武器を捨てる様子を描いたイラストが、強く印象に残っている」(寺本さん)
三宅島は、1983年に米軍の夜間離着陸訓練(NLP)の対象地とされ、島ぐるみの反対運動で、基地建設をはねのけた歴史があります。当時、教員として三宅島にいた寺本さんは、その運動のなかで村議になりました。NLP反対運動には全国からも支援が寄せられたこともあり、寺本さんが看板設置を自身のフェイスブック(交流サイト)で紹介すると、当時の知人など、各地から激励や喜びの声が寄せられているといいます。
東京民報2026年5月17日号より










