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シリーズ 外環道を問うC

武蔵野「外環の2」推進はだまし討ち

 練馬─世田谷間の外環道建設計画が大深度地下トンネル方式に変更されたため、「立ち退きはなくなった」と思わされていた住民にとって、トンネルの上部地表の道路計画「外環の2」の建設推進はまさにだまし討ちです。
 武蔵野地域では住宅密集地を外環道が貫くことになるため、長年にわたって強い反対運動が進められてきました。
 凍結されていた外環道を動かそうと、石原知事が1999年10月、視察で最初に訪れたのは武蔵野市吉祥寺南町3丁目。地元住民が「立ち退きいやだ」など手製のプラカードを持って出迎えました。当時の扇千景国土交通大臣が2001年1月、知事の要請を受けて同地を視察した際も、外環道反対のプラカードに囲まれました。
 地元住民の一人・濱本勇三さん(69)は外環道反対連盟の代表幹事。扇氏に「計画を白紙に戻し、『凍結解除』を軽々しく発言しないでほしい」との計画反対の要望書を手渡しました。
 同連盟は1966年の計画発表から反対運動を続けてきた外環道関係7自治体の住民組織。反対する理由は「計画予定地は、すでに閑静な住宅街、商店街が出来上がっている。それを壊してまで外環道路を建設するのは、あまりにも住民に犠牲を強いるものであり、都市計画のあり方として正しくない」「住宅密集地に高速道路を建設すれば、自動車公害が必ず発生する」など3点を挙げています。
 「外環道は地下に通すことになったから立ち退きしなくてよくなった、と思っている人がいるんです。立ち退きはあるんだというとみんなびっくりしますよ」と濱本さん。
 「地上部の外環の2は、都市計画決定されているものだから、廃止を決定しない限りは生きており、外環道の地下本体と一体の計画なのです。ところが、知事や都は、地上部では移転の必要もないかのように説明してきたからです」と指摘します。
 実際、知事は記者会見で「家をリニューアルするのも結構でしょう。そういう迷惑をかけないように、とにかくあの下をくぐる、そういう工法でやりますので、その点はご安心いただきたい」(06年4月21日)と発言しています。国と都が住民に配布した06年6月作成のパンフレットでも「大深度のシールド工法を活用した区間では、移転の必要がなくなることから、これまで通りの生活が可能です」などの説明をしてきたのです。

杉並 「外環は不要」など意見多数 住民参加の検討会議で

 外環道の計画地域の杉並区では、地域PI(住民参画)課題検討会議が7月26日、10月4日に開かれ、会議は100人が8つのグループにわかれて議論しました。議論では事業化を進めたい国と都の意図に反して、計画の中止、見直しを求める意見が多数噴出したことが特徴的です。
 「外環道の必要から議論すべき」「国の借金が増えている中、事業費2兆円もの外環整備は本当に必要なのか」「国として、外環の事業費をより緊急性の高い医療、年金、福祉、教育、食料確保などの分野に優先的に充てるべきである」
 また、外環本体だけでなくその地上部道路(外環の2)による立ち退きに対する不安、道路で地域が分断され学区・コミュニティーや生活の利便性への悪影響を心配する意見も多く出されました。
 「外環の2は、本線と一体のものであり、(外環の2)を残したままでは、本線を地下化した意味がない」
 「長年住み慣れた平穏な生活環境を脅かされることなく一生涯穏やかに暮らしていきたいので、外環本線も外環の2も事業化しないでほしい」
 7月に開かれた会議の意見は、運営事務局がまとめています。その意見を会議に参加した古川英夫PI委員が分析しています(「100人の意見・分析結果」)。それによると、全体で336件の意見のうち、外環本線に対する意見は80件で、「賛成・推進論」が5件だったのに対し、外環本線の「不要、慎重論」は43件に上っています。「外環の2」についての意見も80件で、このうち「不要意見」は18件、「外環の2は本線と一体のもの。両者合わせて検討すべき」などの「取り組みについての」意見が30件、「問題点」についての意見が32件という結果でした。
 この検討会議はそもそも建設を前提としたものであるため、運営事務局が会議の冒頭、「この会議は賛成、反対を表明する場ではない」と釘を刺しました。にもかかわらず「外環の2」や本線、または両方に反対する意見が圧倒的です。「出された意見がどう反映されるのか」「意見を聞いたというアリバイ作りに利用されるのでは」といった不安も多く表明されています。こうした住民の声を国や都は真しに受け止める必要があります。

(「東京民報」2008年11月23日号掲載)
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