【街角の小さな旅1】朝倉彫塑館と谷根千〈9月13日号〉
- 2020/9/7
- 街角の小さな旅
敷地全体が 芸術の小宇宙に
いま、小さな美術館が静かなブームを迎えています。
特定の芸術家の作品を展示する美術館、作者のアトリエや住居をも芸術空間として提示する美術館、浮世絵や陶磁器など愛好家が収蔵した工芸品を展示する美術館……。
東京にはこうした美術館が数多く存在します。
そのいずれもが個性的で、適度な広さの展示空間を自分の足どりで、ゆったりと、趣くままに鑑賞できることが魅力です。
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シリーズの初回は、日本の近代彫刻の黎明期から現代美術の時代まで数多くの作品をのこした朝倉文夫(1883―1964)の彫塑館を訪ねることとしました。
JR日暮里駅から数分の住宅街のなかにある朝倉彫塑館。最初の展示室で迎えてくれるのが国の重要文化財に指定されている「墓守」。
朝倉は日本が封建制のくびきから解放され、美術の世界でも西欧に学んで近代化をすすめるために時の政府が設立した東京美術学校で彫刻を学びました。朝倉はそこでフランスのアカデミズムと表現方法としての写実主義を学び、「墓守」も徹底した写実主義で表現され、あくまでも静かに内省する姿があります。
展示室はかつてアトリエであったところで女性像や高さ3.8メートルもの巨大な男性座像などが展示されていますが、アトリエを支配しているのは静謐でした。
内省する静けさ
また、アトリエには朝倉が愛玩した猫をはじめ眺めていると、池の噴水の水が池面をたたく水音と蝉の声だけの時が流れていきます。朝倉が庭を外部に開放せず、家屋のなかに包みこんだのは、内省する静かな時空間を大切にしたかったからではないでしょうか。
屋上庭園があり、青年像が座していました。
朝倉彫塑館は朝倉自身が構想を練った建物が国の有形文化財に、敷地全体が国の名勝に指定されています。彫塑像だけでなく建物、中庭を含めた全体が朝倉の作品であり、小宇宙だったのです。
谷根千は坂のまち
谷根千は朝倉彫塑館をはじめ森鴎外記念館などの小さな美術館・記念館、伝統工芸品や民芸品を商うお店、食事処や若者に人気のカフェ、歴史を語る建物、東京の下町の風情が残る路地など、東京の人気スポットとなっています。
その谷根千は坂のまちでもあります。谷根千が武蔵野台地のはずれにあり、旧石神井川がこの台地を削ってできた谷筋にあたるからで、戦後、谷底にあたる谷田川、藍染川を暗渠化してつくられた現在のよみせ通り、へびみちを境に上野台側が谷中、本郷台側が根津、千駄木となります。
谷中は上野寛永寺の末寺など江戸期からつづく寺町。朝倉文夫をはじめ数多くの文化人が眠り、春は桜吹雪が舞う谷中霊園を抜けると三崎坂。夕焼だんだんから谷中銀座、よみせ通り、へびみちから上野不忍・池之端は手頃な散策コースです。
「根津は不思議な町である」地域雑誌「谷中・根津・千駄木」の編集人であった森まゆみさんはこう根津を紹介しました。
表通りの不忍通りから、一歩入るとそこには路地裏の世界が待っています。
江戸三大祭りの一つ例祭(今年は中止)、春のツツジ祭りで賑わうのが根津神社。
平塚雷鳥の提唱ではじめられた女性の解放をめざした青鞜社がおかれたのが千駄木。また、宮本百合子や高村光太郎、森鴎外など文人がくらした町です。藪下通りは夏目漱石も往来しました。
帰りに谷中銀座商店街で夕飯の惣菜を求め、夕焼だんだんから夕焼を眺めて、小さな旅を締めくくるのはいかがですか。
(東京民報2020年9月13日号より)