ちひろ美術館・東京 子どもの幸せを絵で願う 『おしいれのぼうけん』展〈2021年5月2日・9日合併号〉

 昨年6月7日に89歳で死去した絵本画家の田畑精一氏をしのび、ちひろ美術館・東京(練馬区)では「没後1年 田畑精一『おしいれのぼうけん』展」が6月13日まで開催されています。1974年11月に刊行された『おしいれのぼうけん』は、発行部数232万部超えの驚異的な人気を誇る絵本。今なお世代を超えて読み継がれ、子どもたちに愛され続ける作品の魅力を解き明かします。

『おしいれのぼうけん』と『さくら』の貴重な原画など、計55点を展示

 本作の制作は、71年にスタート。児童書専門の出版社・童心社の編集者、酒井京子氏が、児童文学作家の古田足日(たるひ)氏にこれからの絵本のあり方について相談を持ち掛けたことに端を発します。古田氏は文章に画家が単に絵を添えるのではなく、企画段階から作家・画家・編集者が侃々諤々かんかんがくがくと意見をたたかわせながら作り上げる絵本が理想と助言。改めて酒井氏から依頼を受けた古田氏は、厚い信頼を寄せていた田畑氏を画家に指名し、完成に至るまでの3年間、三位一体の絵本づくりが続きました。

 田畑氏は子どもたち一人一人の表情や個性、生き生きとした姿を描きたいと思い、保育園に1日入園。この経験が作品に大きな影響を与え、隅々まで詳細に描き込まれた園内の様子、今にも動き出しそうな子どもたちの表情やしぐさが生まれました。

 作品のテーマや内容によって画材を変える田畑氏は、あえて園児が使うような画用紙、鉛筆、オイルパステルを使用。鉛筆画の繊細な濃淡によるモノクロームの迫力あるタッチをメーンに、子どもの不安や緊張、安堵などの心象表現はオイルパステルで鮮やかに描きました。色彩のコントラストにより鉛筆画の単調さが打ち消され、物語のキーとなる場面が強調されています。

緻密な描写と魅力的なキャラ

 本作を語る上で欠かせない存在が、2人の男の子が対決する「ねずみばあさん」。チェコの人形劇に登場する魔女のマリオネットのような表情や衣装が印象的で、子どもにとっては恐怖の対象であり、不安の象徴として描かれています。

 主任学芸員の山田実穂さんは、長きにわたって作品が親しまれ続ける理由を「保育園のおしいれという現実の空間から、ファンタジーの世界へ転換する場面の緻密な描写など、子どもが実際のできごとのように没入できる画力。そして、ねずみばあさんという魅力的なキャラクターの存在ではないか」と想像します。

 田畑氏は一貫して、子どもの心に伝わる作品づくりにこだわってきました。それは、日中戦争が始まった31年に生まれ、軍国少年として育った幼少期が大きく関係しています。本展で『おしいれのぼうけん』とともに紹介している自伝絵本『さくら』には、少年時代の田畑氏が登場。父を亡くし、貧困に苦しむ田畑少年は、大切な人を奪われたたくさんの悲しみが、地球を覆っている事実に気づきます。桜の老木が田畑氏に語りかける〝戦争だけは ぜったいに いかん!〟というセリフは、田畑氏が発する心の叫び。透明感のある優しい色味の水彩画で描くことで、戦争の悲惨さが際立ちます。

中国と韓国に侵略行為を謝罪

 『さくら』は日本・中国・韓国の平和を願う絵本作家が手をつなぎ、それぞれの言語で出版しあった「日・中・韓 平和絵本」シリーズの一冊。07年に中国の南京で3カ国、12人の作家が顔合わせをした際、田畑氏は中国と韓国に対して日本の侵略行為を謝罪しました。

 会議では厳しい意見も出ましたが、田畑氏の誠実な人柄、人望、人間としての魅力が伝わり、プロジェクトを進めることができたと参加した編集者らは語ります。

 山田氏は、「原画を展示しているので、絵本とはまた違った魅力が発見できる。子どもの幸せと平和を願った田畑氏のメッセージを、一人でも多くの人に受け取ってほしい」と語りました。

東京民報2021年5月2日・9日合併号より

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