新型コロナウイルス感染症のワクチン接種が急ピッチで進められています。国は各自治体に接種の迅速化を指示する他、国主体の大規模接種会場や職域接種など、接種率向上に躍起になっています。一方、実際に筋肉注射でワクチンを接種する「打ち手不足」も深刻で政府は歯科医師に始まり、救急救命士などにも一定の研修を条件に対象を広げています。こうした中、国会審議など慎重な議論もないままに「打ち手」を広げることに疑問の声もあがっています。

全国保険医団体連合会(全国保団連)に加盟する福岡県歯科保険医協会は4月22日、田村憲久厚労相に「歯科医師による予防接種行為の適法性確保について行政解釈ではなく法律の制定により求める」との要望書を提出しました。
ワクチン接種のための筋肉内注射のような行為は「医行為」と呼ばれ、医師以外が行うことは医師法第17条に違反すると定められています。このため要望書は、行政の解釈で、歯科医師にも予防接種行為を拡大するのではなく、国会での審議を求めました。
しかし、4月26日に厚労省は、地方自治体に対し「新型コロナウイルスに係るワクチン接種のための歯科医師による実施について」と題する事務連絡を発出。集団接種会場に限り、医師の監督下で歯科医師によるワクチン接種の筋肉内注射を可能としました。
法律で禁止されていることを、事務連絡で解釈を示し可能とする性急な動きに、全国保団連も5月21日、「歯科医師による新型コロナワクチン接種は法律により適法性を確保して実施すべき」との談話を発表。責任を現場任せにして解釈と条件だけを示すのではなく、法律を根拠に実施できる条件を整えることが行政の責任であるとして、厚労省の責任ある対応を求めました。
現場の歯科医師は
ある医師は「歯科医師は日常的に、口腔内の非常に狭い所に麻酔注射を打つために技量的に問題はない」と指摘します。
他方、現場の歯科医師からは、法律によらないワクチン接種への協力に、問題が起きた際の責任への危惧が出されています。過去に、救命救急センターでの研修として、歯科医師が医師の指導の下で「医行為」を行ったことが医師法第17条違反だと起訴され、有罪判決を受けた(市立札幌病院の医師法違反事件。2002年)ケースもあるためです。
全国保団連の歯科代表を務める歯科医師の宇佐美宏氏は「まさに国難ともいえる感染症のまん延だから、歯科医師は使命感のもと協力したいとの思いは誰しも持っています。法を整備し、このような時はこう対応すると定めて実施することは、接種する側だけではなく、患者にも利する」と強調します。
歯科医師で全国保団連理事の杉山正隆氏は「この問題が言われ始めたのは国会開会中でした。命にかかわる極めて大切な問題ですから、国会で議論すべきでした」と語ります。さらに「歯科医にとって手技として難しいものではない。ただしやる以上は法的、科学的にクリアにしなくてはいけない問題がある」と指摘します。
この問題は4月23日、1回限りの厚労省「新型コロナウイルス感染症のワクチン接種に係る人材に関する懇談会」で結論が出されました。厚労省の発案を追認するだけで、「民主的コントロールが機能していない」との声も聞こえます。その後、政府は臨床検査技師、救命救急士などにも対象を拡大。政権の目標に合わせて性急に事が進むことに、「私たちはまさに猫の手を借りたいの〝猫の手〟なのか」という当事者の声も聞こえます。
「スピードが必要なことは理解している。命の問題だからこそ、丁寧かつ迅速な手続きが不可欠だ」との現場の声が官邸に届く日は来るのでしょうか。
東京民報2021年7月18日号より












