落語史と明治維新の明暗 2月に新刊 初の女性落語家も詳述 寄稿 話芸史研究家 柏木新さん〈2月13日号より〉

 東京民報で『落語の歴史』の連載を執筆するなどしてきた、話芸史研究家の柏木新さんが、新刊『明治維新と噺家たち―江戸から東京への変転の中で』を2月に出版します。初の女性落語家の人生の詳述などを通して、明治維新が落語の発展にどのような刻印をもたらしたか、執筆を通じてさまざまな新たな発見があったといいます。同書について、寄稿してもらいました。

柏木新さん

 この著作は、日本の歴史の大きな転換期となった明治維新とそれによってつくられた明治時代の中で変化・発展した落語と噺家の世界を描いたものです。

 明治時代は近代化を図る一方、中央集権国家をつくりあげ、「富国強兵」策のもとで、日清・日露戦争など朝鮮・中国への侵略戦争を行いました。この明治時代の社会の動きと落語の世界も無関係でなく、落語の近代化は、明治維新の「明」と「暗」が複雑に絡み合い変化・発展したのです。

 落語の変化・発展には、幕末・明治の時代の歴史の刻印がしっかり押されており、その時代の落語の歴史を知ることは、明治維新をどう見たら良いのかも示唆してくれます。今日の落語の源流は明治時代にあり、昭和時代の忌まわしいアジア・太平洋戦争の源流も明治時代にあります。「明治維新と噺家たち」の歴史を掘り下げることは、落語の本質と今日の社会と政治をどう見るのかにとっても意義あるものと思い、この著作を書きました。新しい発見も多くあり、興味深く読んで頂けると思います。

フランス人による寄席の案内書邦訳

 現代の視点から掘り下げたテーマの一つが、第八章「女性の落語家第一号―若柳燕嬢(えんじょう)」です。これまで燕嬢については詳しいことを書いた書籍はありませんでしたが、章を立てて書きました。

フランス語版『日本の噺家』の表紙=柏木さん提供

 燕嬢は談洲楼(柳亭)燕枝の弟子となり、一方の旗頭として東京、上方で活躍。幸田露伴や泉鏡花などの小説を題材にした噺も演じていました。

 今では女性落語家はめずらしくありませんが、「家父長制度」の元、男尊女卑の風潮が強い明治時代に女性落語家の道を歩んだ女性がいたことは、ジェンダー平等の視点からも意義あるものです。

 また、第九章は「フランス人が書いた噺家・寄席の案内書」です。明治の時代にフランスの一等書記官だったジュール・アダンは、フランス人向けに日本の噺家・寄席の案内書を書いています。それが『日本の噺家』です。浮世絵師の挿絵もあり当時(明治時代)の寄席の状況がわかる貴重な本です。

 もともとのフランス語版とそれを訳した英語版があります。日本では英語版全文の邦訳はありますが、部分訳はあるもののフランス語版の全訳はありませんでした。作者であるアダンの心が伝わってくるのはやはりフランス語版です。私はフランス語の専門家ではありませんが、「解体新書」のように辞書を片手に悪戦苦闘しながら邦訳に挑戦しました。専門家の方の助言も頂き、今回、巻末にフランス語版の全文邦訳を掲載することが出来ました。本書の挿絵の浮世絵はカラーです。

圓朝・燕枝などの活躍と苦闘たどる

 他の章の内容も端的に紹介します。第一章「幕末の激動のなかで」では、今日の社会で大きな社会問題となっている貧富の格差が江戸時代末期にも生まれており、明治維新の足音が近づいて来ている中での落語の動きを描いています。江戸幕府を風刺した狂句(川柳)や狂歌にもふれています。

 第二章「圓朝(えんちょう)と燕枝(えんし)―江戸落語の大成と近代化」では、明治の落語界をリードし、今日の近代落語の基礎をつくりあげた三遊派と柳派の中心人物―三遊亭圓朝と談洲楼(柳亭)燕枝について書いています。

『日本の噺家』の挿絵。高座の様子で、ステテコを踊っているのは圓遊と思われる=柏木さん提供

 第三章「近代化のなかでの翻案物の登場」は、近代化の中で生まれた翻案物の落語がどの欧州・米国の作品なのかを最新の研究成果を踏まえて紹介しています。

 第四章「芸能・落語への取締りと実録物の誕生」では,中央集権国家づくりを急ぐ明治政府によって芝居噺の禁止など取締りがいかに強められたのか、そして近代化の明暗の複雑な絡みのなかで実録物の落語が誕生したことを描いています。

 第五章「自由民権運動と講談・落語」では、明治政府によって演説を禁じられた自由民権運動家が噺家や講釈師になったことを書いています。オッペケぺー節の川上音二郎が「浮世亭〇〇」と名乗って落語家だった時代があったことなども紹介しています。

 第六章「寄席の聴衆層の変化と滑稽噺の発展」では、圓朝の弟子の初代三遊亭圓遊などが滑稽噺をトリネタ(寄席で真打が最期に話す演目)に発展させた背景には、明治時代に入り、寄席に来る聴衆層が変わり、「すぐに笑える落語を求めるようになった」ことなどがあったことを紹介。また今日のコロナ問題につながる明治時代のコレラ騒動の中での落語界の様子を描いています。

 第七章は、あまり知られていない明治時代の「改良落語」の存在を書いています。NHKの大河ドラマ『青天を衝け』の渋沢栄一も一役関わっています。

日本の侵略戦争と落語・講談の関係

 第十章は「子規・漱石など明治の文人と落語」です。この章では正岡子規、夏目漱石、森鴎外、幸田露伴、尾崎紅葉、泉鏡花を扱いました。

本の泉社

 第十一章は「日清・日露戦争と落語・講談などの世界」です。日本の最初の侵略戦争でしたが、落語・講談・浪曲などが国民の戦争熱を駆り立てる役割の一端を担ってしまいました。この歴史が昭和の戦争に落語が利用され加担した象徴である「禁演落語」「国策落語」に繋がっているのです。

 落語はその時代の社会・政治と無関係ではありません。落語は本来もっとも自由な芸です。平和でこそ、その自由な芸が生き生きと羽ばたくのではないでしょうか。

(東京民報2022年2月13日号より)

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