【アーカイブ】墨痕で表現する魂の叫び 東京大空襲の体験を講演 画家 村岡信明さん〈2021年11月28日号より〉

 おぞましい戦禍の悲しみ、平和の尊さを決して忘れてはいけないと、戦争の実態を絵画や写真展、歌などで訴える「東京大空襲を忘れない〝平和の集い〟」(実行委員会代表=濱田嘉一さん)が17~21日、江東区文化センターで開かれました。同集いは2019年から始まり、今年で3回目。東京大空襲の経験を《死と生の記憶》として墨痕ぼっこん画などの絵と詩で表現した『赤い涙』の著者・村岡信明氏(89)の絵画を、未発表作品を含む21点展示。18日には東京大空襲の本質に迫る同氏の講演会を行いました。

洗脳教育で軍国少年に

 1945年3月10日未明、現在の江東区、墨田区、台東区を中心におびただしい数の米軍B29爆撃機が約1700トンもの焼夷弾を投下。一帯は焦土と化し、わずか2時間ほどで10万人以上の命を無残に奪いました。

 講演のテーマは「日本の断層 東京大空襲」。小学校4年生のときに父親を過労死で失った村岡氏は、6人きょうだいの母子家庭で育ちました。東京大空襲に巻き込まれたのは13歳の春。中学生になり、夢と希望に満ちあふれていた頃でした。

 中学に入学し、最初の授業は音楽。「先生がグランドピアノでベートーベンの『月光』を演奏した。しかし音楽の授業はそれ1回限り。学校教育に合わないからと、先生は追放されました」

 町には軍歌があふれ、学校で毎日歌わされるのは「君が代」と第二国歌といわれた「海行かば」。赤紙(召集令状)一枚で戦争に駆り出され、遺骨になって帰還する「無言の凱旋」を、多くの人々がたたえます。

 「結局、中学校の授業は1カ月のみ。学徒勤労動員で軍需工場に派遣されました」と、芸術が真っ先に排除され、自らも軍国少年に育て上げられていく学校教育の実態を語りました。

村岡信明(むらおかのぶあき) 1932年1月、東京生まれ。ロシア国立モスクワ・スリコフ芸術大学名誉教授。旧ソ連・東欧・ヨーロッパなど各地を旅漂し、作家活動と国際企画展を開催=あの日の姉を描いた最新の油絵の横で 公式Facebook

 3月10日、午前0時過ぎ。下町は短時間で火の海になりました。村岡氏は自宅の前にある清澄庭園の大きな木の下に、いちはやく家族とともに避難。一人で庭園を出て町の様子を見に行くと、目に映ったのは焼夷弾で砕け散る人間の頭、炎の中で狂い、燃えながら死んでいく人、黄燐焼夷弾が妊婦を背後から貫き、母親と胎児が殺される瞬間、数千人の避難民があてもなく逃げ惑う死の行進、血の混じった絶叫が響き渡る、現実とは思えない現実でした。このときの様子は著作『赤い涙』の中で、より詳しく鮮明に、絵と詩を交えて描かれています。「わたしも炎に包まれました。死ぬか生きるかの判断をする余裕なんてない。しかし、瞬間的に風向きが変わり、奇跡的に助かりました」

どす黒い煙と真っ赤な太陽

 翌日の朝、どす黒い煙に包まれ、真っ赤な太陽が昇ってきました。「周囲には死体がごろごろ転がっている。人間が炭になり、積み上がっている。赤ちゃんを抱いたまま丸焦げになったお母さんの死体が何体もある。炎で血が沸騰し、腫れ上がった人間が大通りに続いている。炎で目をやられた人が、空をまさぐるように歩いている。生きてその光景を見ているのか、死んで地獄を見ているのか、分別がつかなかった」

 東京大空襲ですべてを失った村岡氏は、家族7人で東北のとある小さな町に疎開。そこで通った中学校でも軍国主義の洗脳教育を受け、海軍少年航空兵を目指します。先生に指示されるままに親の目を盗み、志願書に捺印。採用試験の解答もどこからか出回り、満点で合格しました。「やがて入隊が10月と決まった。それは爆弾を抱えて米軍に突っ込み、死ぬということ。母親の寝顔を見ながら、ありがとう。ごめんね。とささやきかけたあの夜のことは忘れません」 

東京大空襲・死と生の記憶『赤い涙』村岡信明/絵・詩・著(株式会社クリエイティブ21)4300円+税 問い合わせ:濱田嘉一さん080‐5477‐2898

 米軍との本土決戦が迫り、国民は竹槍訓練を続け、一億総玉砕を覚悟していました。しかし8月15日の正午に玉音放送が流れ、日本の敗戦を国民は知ることになります。「ある男性は〝もう爆弾は落ちてこないぞ〟ともろ手をあげて歓喜し、女性たちは〝口紅がぬれるし、化粧もできる〟〝もんぺも履かなくていいんだよ〟と喜んでいる。わたしは10月に死を覚悟していたのに、この大衆の姿は何なのだろうと、頭の中が真っ白になった。それを判断できる力は13歳にはなかったんです」

大衆とアメリカンデモクラシー

 同年9月に日本は無条件降伏文書に調印し、米軍は占領軍として日本に無血上陸。これまでの軍国主義に変わり、入ってきたのはアメリカンデモクラシー(民主主義)でした。ご飯がパンになり、みそ汁がスープになる。米軍による占領政策の実態は、「日本の生活文化の崩壊」と強調します。

 村岡氏は最後に「東京大空襲を語り継ぐ際、空襲の惨事を感傷的に訴えるだけでなく、その本質を付け加えてほしい。そしてこれから育ちゆく子どもたちが13歳の春、爛漫に夢を咲かせられる平和を願っています」と語り、講演を終えました。

『円空 破れ笠 人間円空の物語 乞食母子 氷雨に濡れて何処へ行く―』村岡信明/著 2021年11月末発行(天地人企画)2500円+税

墨痕画に込めた空襲の痛み

 講演後、村岡氏が生み出した独自の絵画技法、墨痕(ぼっこん)画について尋ねました。「東京大空襲の状況を、最初は油絵で描いていました。何枚も描いたが、あの日の死の叫び、悲しさが何も伝わってこない。悩み、たどり着いたのが墨痕。真っ白な紙に水をぬり、墨滴をぽとんと落とす。すると自分でも分からない形で墨が動いていく。そこに神秘を感じ、これでこそ人間の魂を表現できると思い、探求しました」と優しく語る村岡氏。「これからも一貫して平和を訴え続ける」と力を込めました。

(東京民報2021年11月28日号より)

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