【生活保護の現場から】助けてくれる人いなかった 生活費減り1食がやっと〈2022年3月13日号〉

「生きにくさ」を訴える小菅さん。街角 に立つ

 東京の市部で一人暮らしをする小菅和重さん(53歳、仮名)は、心身ともに疾患を抱えながら生活保護を利用して暮らしています。彼は孤独を訴え、「自分にできる仕事があれば働きたいし、結婚もしたいけれどできずに悲しい」と訴えます。なぜ、“最後のセーフティネット”生活保護を使う暮らしをするに至ったのか。憲法25条が保障する生存権の意味を問う「新生存権裁判」(*ことば)の原告として、国を相手に保護費の削減を無効と訴える胸の内を聞きました。 

 小菅さんは南九州の地に3人きょうだいの一番上として生まれました。2人の妹とは連絡も取れなくなっていると言います。父親はだいぶ前に亡くなり、母親は故郷に独居でおり何年も会えていません。

 30数年前、地元の私立大学の社会学部を卒業して、特に仕事を決めることもなく上京。フリーターとして生活を始めました。父親の反対を振り切っての決断でした。当時、芸能の仕事を夢見てエキストラの仕事などをこなしながら、最初の4年は住宅メーカーの下請け会社で土木工事などに従事。その後は日雇いのアルバイトなどで生計を立てていました。「フリーター」という言葉がもてはやされていた時代。「不安は感じなかった」と振り返ります。

 その後、バブルは崩壊。同時期に小菅さんはうつやノイローゼ、内臓疾患などにり患します。2000年頃からは複数の消費者金融から生活費を借り入れる多重債務の状態に。「借りては返す」を繰り返す自転車操業の日々の中で家賃も滞納。自己破産をせざるを得なくなりました。

 その時、弁護士から生活と健康を守る会を紹介され、生活保護を利用して暮らすようになりました。今も糖尿病、統合失調症などでの通院は続いており、治療に専念しています。

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