歴史的価値残して再生 旧晴海鉄道橋 遊歩道化の現場見学会〈2024年12月1日号〉

 晴海運河に架かり、江東区豊洲2丁目と中央区晴海2丁目をつなぐ鉄道遺構「旧晴海鉄道橋」では、歴史的な価値を残したまま遊歩道として再生する整備工事が進んでいます。東京都港湾局は11月23日、普段は立ち入ることのできない同鉄道橋の工事現場を歩き、整備の状況が間近で見られる現地見学会を、午前と午後の2回に分けて開催しました。

レールを生かしたウッドデッキや当時の色彩を再現する塗装など、整備が進む=2024年11月23日、江東区

 抽選に当たった約40人が参加。同鉄道橋の歴史や工事内容の説明を聞き、全長190.3メートルの橋梁を、江東区側からアーチ部の手前まで、開放された約60㍍を歩き、鉄道遺構をしのびました。

 「旧晴海鉄道橋」は、東京港貨物専用鉄道「臨港鉄道東京都専用線 晴海線」の一部として、1957年に開通。東京港の専用線は1930年、東京市(当時)による汐留駅から芝浦駅間の敷設に始まり、深川線、晴海線、芝浦線、日の出線と増設を重ね、総延長は24キロ余に達しました。

 各路線で石炭やコークス、塩、セメント、鋼材など、さまざまな物資を運び、晴海線は主に、新聞巻取紙、輸入小麦や大豆、雑貨などを輸送。65年頃の高度経済成長期には、専用線全体で年間170万トン以上の貨物を取り扱い、日本の経済成長を物流面で支えていました。

 70年代に入ると輸送革新が進み、陸上貨物は鉄道から自動車輸送に転換。鉄道で取り扱う貨物量も年々減少し、専用線は85年から段階的に廃止され、89年2月の晴海線廃止により、その役目を終えました。

日本初の技術採用

 「旧晴海鉄道橋」は、日本における橋梁建設技術の先駆けとなった橋。鉄道橋として国内で初めて「ローゼ橋」(アーチ橋の一種)を採用するとともに、3径間連続PC(プレストレスト・コンクリート:引っ張る力に強いコンクリート材)桁を使っています。

 地元住民らから「橋を残してほしい」という声があり、遊歩道化は同鉄道橋の歴史的価値を大切にして生まれ変わらせる方針。既存の姿や構造は極力変えず、現代によみがえらせようとしています。

 2021年2月から工事が始まり、橋脚などの耐震補強工事や、橋の上部工補修、鉄橋の補強は完了。現在、建設当初の色彩に塗り替える作業や、当時のレールを生かしたウッドデッキの設置などを行っています。

 遊歩道の数カ所に、枕木とバラスト(砕石)がのぞくガラス床を使用。機関車通過時の避難台であった張り出し部は、眺望空間に変わります。港湾局の担当者は、「当時の記憶を思い起こすことができる工夫を凝らし、整備を進めている」と語りました。

 鉄道が好きで母親と一緒に埼玉県から参加した小学校2年生(7)は、「楽しい。レールが4本あるのが気になった。青函トンネル(を走る路線)は3本だけど」と、興味深く現地を見学しながら話しました。

 遊歩道の完成は、来年6月の予定です。

東京民報2024年12月1日号より

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