阪神・淡路大震災30年 1.17の記憶によりそう 日比谷公園で追悼の集い〈2025年1月26日号〉
- 2025/1/28
- 文化・芸術・暮らし
死者6434人を出した阪神・淡路大震災(ことば)から、1月17日で30年の節目を迎えました。被災地では、地震が起きた早朝から、多くの追悼の催しが開かれたほか、東京でも同日夕方に千代田区の日比谷公園の野外音楽堂で集いが開かれました。首都圏を中心に約200人の参加者が集まり、発災から12時間後となる午後5時46分に黙とうをささげ、当時の記憶や、いまも震災で苦しむ能登地域などへの思いを語り合いました。

NPO法人「阪神淡路大震災1.17希望の灯り(HANDS)」などがつくる実行委員会が主催したもの。東京での集いは2019年に始まり、コロナ禍での2度の中止を挟んで、今回が5回目です。
神戸市北区で被災し、被災者支援の活動を続けてきた俳優の堀内正美さん(74)が神戸市から駆けつけ、「この集いは『記憶のスイッチ』です。あの日、あったことをみんなで語り合い、震災の記憶を風化させずに、後世に伝えていく場にしたい」とあいさつしました。

阪神・淡路大震災の直後から、堀内さんがラジオ番組で、「がんばろう」と語り続け、ボランティアの受け入れ団体「がんばろう神戸」を立ち上げたことが、震災復興のスローガン「がんばろうKOBE」を生んだと言われています。堀内さんは、「能登地震(2024年1月)の現場に支援に駆けつけても、政治や行政の対応の不十分さは30年前とまったく変わっていない」と指摘。「神戸では、建物の下敷きになった多くの人たちが、ご近所付き合いのおかげで、『あそこに、人が埋まっているはずだ』と自衛隊や救助の人に知らせてもらい、助けられた。日ごろから地域のつながりを持ち、助け合う精神を培うことが30年前の地震が伝える大切なことだ」と呼びかけました。












