街角の小さな旅(54)吉川英治記念館と吉野梅郷 自筆原稿や文具、大衆文学の創作の場〈2025年2月2日号〉
- 2025/2/5
- 文化・芸術・暮らし

吉川英治記念館はJR青梅線二俣尾駅から多摩川の渓谷を渡った先にあります。
作家吉川英治は第二次世界大戦の敗戦間際にこの地の豪農の旧家に居を構え、「相思堂」と名付け、1953年までこの地で創作をつづけ、戦後、新平家物語などを世に送り出しました。
「相思堂」の長屋門を入ると右手に江戸期の土蔵があり、正面に養蚕農家であった堂々とした主屋、その影に隠れて20世紀初頭に建てられた洋館(いずれも国登録有形文化財)、崖地の傾斜を利用した庭園の奥に展示館があります。
戦前の日本の文学は大正デモクラシーの終焉、天皇制軍国主義の跳梁のもとで逼塞させられ、文壇が社会性を放棄した狭い私小説の世界にとじこもった一方で、関東大震災後、新聞の国民的普及を背景に大衆性に富んだ「大衆文学」が登場することとなりました。そして時代小説として旗本退屈男、鞍馬天狗、銭形平次捕物控など、その後の時代劇を彩るヒーローが次々と誕生しましたが、なかでも群を抜いて大衆の人気を集めたのが吉川英治の「宮本武蔵」でした。