赤いレンガの“平和の門” 中野区 豊多摩監獄表門が文化財に 資料館がコーナー展

 戦前の治安維持法下でプロレタリア作家の小林多喜二などが収容されたことで知られる旧豊多摩監獄(のちの中野刑務所)の跡地に残る表門(ひょうもん)が、2021年6月に中野区の指定有形文化財となったことを受けたコーナー展が、中野区立歴史民俗資料館(同区江古田)で1月14日まで開かれています。表門は、「平和の門」の愛称でも知られ、住民が保存を求めて運動してきました。

豊多摩監獄と後藤慶二を紹介するコーナー展

 旧豊多摩監獄は、1915年(大正4年)に完成。その後、豊多摩刑務所、アメリカのGHQによる拘禁所(スタッケード)、中野刑務所へと変遷し、1983年に移転を求める住民運動を受けて、表門だけを残して閉鎖。跡地は現在、平和の森公園となっています。

 門が立つ場所は、近くにある区立平和の森小学校の移転用地となっており、区は表門を曳家(ひきや)工事で移動して、保存するため、現在、工事用フェンスで囲って準備を進めています。

 コーナー展は、曳家した後に表門が公開される予定の2026年まで、さまざまなテーマで連続して開く予定だといいます。今回は、表門などの旧豊多摩監獄の建物を建築設計した後藤慶二と、区の指定文化財となったことに焦点を当てた展示をしています。

近代建築史のキーパーソン

 後藤慶二は、司法省の技師として豊多摩監獄や東京区裁判所の建築などにあたりました。35歳で早逝したため、作品は少ないものの、「近代建築運動のキーパーソンの一人」(中野区資料より)とされ、日本のその後の建築に大きな影響を与えました。表門は、後藤の設計による建物として現存する唯一のものだといいます。

 後藤は、俳句雑誌「ホトトギス」の同人にもなるなど、能や歌舞伎にも造詣の深い建築家でした。コーナー展を担当した同館学芸員の北河直子さんは、「教えを受けた後輩は『ミケランジェロのような人だった』と回想を残しています。日本の建築史において、芸術と建物を融合し、建築を通じて自己を表現しようとした最初の人とも評されます」と紹介します。

 コーナー展では、豊多摩監獄の中の教誨(きょうかい)堂などの当時の写真も展示しています。北河さんは「写真で見ても、監獄といういかめしい印象ではなく、曲線が多く柔らかいデザインの建物です。個人的には、後藤が、刑務所の中に入る人も人間だという思いを持っていたのではと感じます」と推測します。

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