有料WEB紙面版 8月7日・14日合併号

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【1面】

  • 「政治変える」仲間と 駆け抜けた参院選 気軽に参加、発信の場に YAMA部メンバー座談会(2面に続く)
  • 「核廃絶の願い広げよう」3年ぶりに平和行進
  • コラム・一分
1s

【2面】

  • YAMA部 迅速な活動を続けたい 座談会 応援の輪広げた参院選(1面より)
  • 「費用弁償」積立を都響に 勇退の共産党2前都「子どもたちにいい音楽を」
  • エアコン使用に助成を 共産党都議団 低所得世帯支援を要請
  • あきる野市長が失職 不信任決議を再可決
  • 英語会話テスト 特別措置の申請延長を 共産党都議団が要請
  • 家屋損壊は直上以外も 東京外環 住民ら調査し中間報告
  • あきる野市長が失職 不信任決議を再可決
  • 自宅でコロナ検査 東京都が導入へ
  • 自民党江東区議 あっせん収賄容疑で逮捕
  • とうきょうクロスワード352
2s

【3面】

  • 延焼防止 市街地不燃化こそ効果 北区志茂補助86号線 控訴審で証人尋問
  • 街角情報
  • 男性育休増える社会に➂母性は女性だけ?
  • とうきょう人
  • とうきょうクロスワード まちがいさがしポカポ家族 詰碁・詰将棋 とうきょうクロスワード    問題と前回の解答
  • 新型コロナ感染 都内の状況
3s

【4面】

  • (漫画)ポカポ家族 百物語
  • 核兵器禁止 被爆3世として伝えたい ウィーンでの体験語る 第1回締約国会議でスピーチ KNOW NUKES TOKYO 中村涼香さん(5面に続く)
  • ふるさと便り
4s

【5面】

  • 対話を放棄した日本政府 (4面から)
  • 料理研究家・時田昌子 夏こそ栄養バランスのよい食事を
  • ふるさと便り
5s

【6面】

  • もっと気楽に政治の話を 参院選で山添拓さんを応援 音楽プロデューサー 松尾潔さん
  • 連載コラム「アンネフランクを訪ねて」⑪プリンセン運河通り 263番地
  • フラヌ~ル遊歩者通信45 風鈴
  • パシャ
  • みんなの広場
6s

◆テキスト版◆

 以下に、各面のトップ記事などを一部、テキスト版で公開しています。

1面 「政治変える」仲間と 駆け抜けた参院選 気軽に参加、発信の場に YAMA部メンバー座談会

 参院選(7月10日投票)の東京選挙区(改選数6)では、3位で再選を決めた日本共産党の山添拓さんの街頭演説に、多くの若い人たちが駆け付けるなど、幅広い応援が広がりました。山添さんを応援する市民勝手連「YAMA部」メンバーの、土屋明日香さん(仮名)、長迫貴子さん、藤田力さんが、山添さんと選挙戦を振り返り、語り合いました。

 ―自己紹介を兼ねて、YAMA部に参加した経緯や、今回の選挙の感想をお願いします。

 藤田 2016年からYAMA部に参加しています。普段は国民救援会の都本部で活動しています。今年に入ってからYAMA部の憲法カフェを3回、開き、みんなで知恵を出し合って準備してきました。選挙中は、宣伝グッズの運搬、撤収をやったり、マイクを使えなくなる午後8時以降の「こんばんは宣伝」で「本人」ボードを持つ役などをやっていました。

 長迫 私はコロナ禍で国会中継を見るようになって、山添さんの質問に感銘を受けました。自分は政治と遠い距離にいると感じていたところから、YAMA部の活動に参加し出しました。本格的に参加したのは、今回の山添さんの選挙からです。何とか選挙戦を、駆け抜けられて安心しています。

 土屋 私は会社員をしています。2021年10月の衆院選の時に、YAMA部のスタンディングに初めて行って、そこで初めて山添さんとお話しました。すごく気さくで、政治家の方としゃべるのは初めてだったので、びっくりしました。山添さんに「プラスターを持ってみますか?」と勧められて(笑)、飛び入りでやって、それが面白かったので、そこからちょこちょこ、参加している、新参者です。

 ―山添さんは、今回の選挙戦とYAMA部の活動を振り返って、どんなことを感じられますか。

 山添 選挙中、YAMA部のみなさんが各地の街頭演説に来て、その場の空気を明るくするような、エネルギーを発揮してくれました。YAMA部のテントを立てて、グッズ販売をしたり、横断幕やプラスターを掲げたり、タオルを身に付けたり。若い世代が多いYAMA部が各地の宣伝を活気あるものにしてくれたし、他の参加者を励ましてくれました。

 それぞれの参加の経緯の話にもあったように、私の選挙の時だけでなく、日常的に活動を積み重ねてきたことが特徴的です。

 年に数回、国会報告会を開き、災害時の救援募金や、ウクライナ侵略抗議のスタンディングにもYAMA部として取り組みました。一緒に政治を変える、社会に働きかける、そういう取り組みをしてきた仲間と選挙戦を駆け抜けて、勝利をつかむことができた。本当にうれしく思います。

チラシ配る人で「飽和状態」も

 ―山添さんは3位での当選でした。

 長迫 正直、まさか3位とは。ビックリしました。「最後の1議席」と思って、最後の最後まであきらめなくて、本当に良かったと思います。

 藤田 私も連日、新聞で5位、6位、7位という報道を見ていましたし、事実、そういうものだと受けとめていました。ただ、投票日間近の数日間は、反応が出てきて、行けそうじゃないかなという気持ちもあったのですが、最後まで気を抜かずに、と取り組みました。

 山添 私も後から言われて、なるほどと思ったんですが、野党候補のなかで最初に当確が決まったのが、私だったんですね。最後の一議席を僅差で争うというところから、押し上げてもらった。その勢いが、本当に強かったということだと思います。うれしいですし、本当に感動しました。

 3位ですが、私の得票が68万5224票で、次点(7位)の維新の会の候補が53万票余りですから、約15万票の差の中に5人がひしめき合っています。15万票というのは、東京の有権者数1150万からすれば、1%少しという値です。ほんの少しの差でひっくり返る僅差の激戦でした。

 共産党は比例で、残念な後退でした。昨年の衆院選以降の野党共闘と共産党への攻撃、ウクライナ侵略を利用した大軍拡路線と改憲の動きという厳しい情勢のなかで、東京で幅広いみなさんと押し返した、そういうたたかいだったと思います。

 ―選挙中に、応援の広がりを感じたエピソードがあれば教えてください。

 土屋 チラシを配っているときなどに、配る人が多くて飽和状態みたいになっていて(笑)、もう立つところがない、みたいになった日もありました。YAMA部のテントにいたら、目の前にいた男性が、「自分にも何かできることないですか」と話しかけてくれたり。「チラシ配ったり、プラスター持ったりしてみますか?」って聞いたら、すぐにやってくれて。うれしかったですね。

 藤田 こんばんは宣伝の参加人数を数える役もやっていました。回を重ねるごとに50人が80人、100人、200人と広がっていきました。

 山添 演説の終了後に、あいさつにまわると、中盤から終盤、期日前投票で「投票してきましたよ」だけでなく、「いま、家族や友人に広げています」と言ってくれる方が多くなっていったんです。ツイッターで著名人の方などが、応援を表明してくれる動きもありました。さまざまな形で、私への支持を広げようとしてくれる人たちに出会ったことから、応援の広がりを実感しました。

演説の会場が「オフ会」に

 ―長迫さんは、韓国ポップミュージック「Kポップ」ファンの憲法カフェで、山添さんに出演を依頼したそうですね。

 長迫 昨年、韓国のBTSというグループを好きになったんです。そのファンのグループのなかに、総選挙の時期、ごく一部なんですが、選挙に行こうよとか、日韓の歴史のことを考えずに韓国のアーティストのことを楽しんでいるのはおかしいんじゃないの、と言っている人たちがいて。

 ―すごいですね。

 長迫 衆院選が終わって、日本国憲法を変える動きが加速するんじゃないかということで、何度か憲法カフェを開きました。そのゲストに国会議員で弁護士の人が来てくれたらうれしいよね、という話があった時、「次で改選の山添さんは?」という声が出されて。

 それ、やりたいな、と思いました。支持の輪を広げるには、敷居をもっと低くしたいと思っていたので。それで、山添さんに打診をしたんです。

 山添 参加して楽しかったですね。限られた時間の中で、憲法はそもそもどういうものかということから、自民党の改憲案のこととか、いろんな角度の質問があって、すごく準備していただいたんだと思います。

 長迫 初めて政治家と話すという人も、たくさんいました。「偉そう」とか「上からものを言う」イメージが強かったという人が多くて、山添さんのお話は、同じ目線で話されている、市民の声を聞くというのはこういうことなんだ、という感想はけっこうありました。

 山添 ファンの方たちの行動力がすごくて、その後、かなりの人数の方に街頭演説にきて頂いたんです。一人ずつで参加される方もいれば、連れだって参加してそこで初めて面識を持って「オフ会」(オフライン・ミーティング)みたいになっていたり(笑)。驚きでもあり、新しいつながりを得たと感じました。

(2面に続く)

2面 YAMA部  迅速な活動を続けたい  座談会  応援の輪広げた参院選

(1面から)―東京での山添さんへの応援の広がりやYAMA部の活動に、全国から注目が集まっています。皆さんはどんなことが良かったと感じていますか。

 藤田 私も救援会の仕事でさまざまな会議に出ると、教訓は何かとよく聞かれます。私も聞きたいくらいですが(笑)。

 山添さんも触れていましたが、YAMA部が、山添さんの選挙だけではなく、政治や社会への思いや怒りを発信する場として2016年からずっと活動を続けてきた。そこにさまざまな人が集まってきてくれた。それが、勝利できた一番の要因かなと思います。

 長迫 私も、山添さんの選挙がない期間も、YAMA部が「市民と山添さんをつなぐプラットフォーム」みたいになってきたことが大きいと思います。私自身も、山添さんの国会論戦を見て、YAMA部の存在と活動を知って、行ってみよう、と思ったことがきっかけでした。数日前に、先ほどのKポップファンの人たちが参院選を振り返るスペース(ツイッターの音声ライブ)をやっていたんです。そこでもある方が、「選挙がない間も、草の根でYAMA部が活動していることがすごいと思った。自分も(取り組みを)続けていきたい」と話されていました。

 土屋 YAMA部ってネーミングが良いなと思っていて。ロゴもかっこいいし、タオルとかのグッズもいっぱいあって、持っていて楽しい。

 どうしても応援しなきゃみたいな義務感がない感じが良いなって思います。気が向いたときや時間があるときに、ふらっと立ち寄れる場所、みたいな雰囲気が良いなと思っていました。

 山添 YAMA部が、何かやりたい人が気軽に来られる場所となってきました。平日夜のこんばんは宣伝も、あの時間だから参加できるという人もいました。

 先ほど土屋さんは「時間があるときに」と言われたけれど、皆さんかなりの時間、来てくれましたよね。朝から晩まで「追っかけ」で参加してくれる日もありました。

 YAMA部の皆さんとは、この6年間、さまざまな活動や時間を共有してきました。ウクライナ侵略への抗議行動やオンラインの国会報告など、さまざまな新しいチャレンジもしながら、取り組んできました。

 東京をはじめ全国の日本共産党の党員や後援会員の皆さん、そして党内外の幅広い人たちの取り組みがあって、勝ち抜くことができたんだと思います。

論戦の新作楽しみに

 ―次の6年間、山添さんに期待したいこと、また皆さんが取り組みたいことをお願いします。

 土屋 改憲をさせないように、できることをしたい。YAMA部で何か活動があれば参加したいですね。自分が主導でなくてすみません(笑)。

 あと、国会論戦に期待しています。山添さんの論戦を聞くのが好きで、なんか、新作が出る(笑)みたいな。すごく楽しみにしています。

 藤田 山添さんへの期待は、改憲阻止はもちろんですが、物価高がすごくて、生活苦を何とかしたいということでも期待しています。YAMA部としては、選挙後、打ち上げをしていないので、ぜひしたいですね(笑)。あとは、今後も、社会や政治の課題への私たちの思いや怒りを、YAMA部を通じて発信していきたいなと思います。

 長迫 改憲阻止のために、山添さんに先頭に立ってほしい。もう一つ、男女の賃金格差で山添さんも質問して、大企業の公表が決まったので、引き続きジェンダー平等を進める先頭にも立ってほしいです。

 今回、YAMA部に参加してすごいなと思ったのは、ウクライナの侵略でも、自然災害の時にも、迅速にアクションを起こすところです。これからもスピード感を持った活動を続けて、私もそこにスピード感をもって参加したいなと思っています。

政治を身近に感じられる場

 ―最後に、山添さんの決意をお願いします。

 山添 憲法が希望というスローガンを掲げて選挙をたたかい、多くの共感も広がりました。憲法を守り生かす先頭に立っていきたいと思います。

 国会論戦は引き続き頑張っていきたい。国会論戦は、国会議員にとって中心の仕事の一つですし、そこで多くの人に着目していただけるのは、うれしいことです。さらに論戦を磨き上げていきます。

 同時に、本来、政治は身近な存在であるべきなのに、縁遠いものになっています。政治家や政治を身近に感じられる場も、つくっていきたいですね。気軽に憲法を語り広げる場も作っていきたい。

 選挙を一緒にたたかって、押し上げていただいた、この体験を共有した多くのみなさんがいます。そうしたみなさんと引き続き、いろいろな取り組みに挑戦し、仲間を広げたい。強く大きな日本共産党をつくり政治を前向きに動かすことができるようにがんばります。

3面 延焼防止 市街地不燃化こそ効果 北区志茂補助86号線 控訴審で証人尋問

 北区志茂1丁目の住民ら原告96人が国と東京都を相手取り、特定整備路線・補助86号線事業の認可取り消しを求める控訴審の第10回口頭弁論が7月25日、東京高裁(相澤哲裁判長)で開かれ、原告側が申請した証人の尋問が行われました。

 補助86号線は板橋区東新町1丁目から北区志茂1丁目まで、延長約5.9キロの都市計画道路。このうち志茂1丁目地区は住宅地に面した延長620メートル、幅員約7メートルの道路を、延焼遮断帯として20メートルに拡幅整備する計画です。

 証言台に立ったのは、都市工学の専門家で埼玉大学名誉教授の岩見良太郎氏。志茂1丁目に延焼遮断帯を整備する必要性の有無を明らかにするため、岩見氏は旧建設省が建設省総合技術開発プロジェクトの一環として作成した「都市防火対策手法の開発報告書」(1981年発行)を資料に証言。同報告書は自治体における防災まちづくりの原点をなすものであり、都も旧建設省と同じ考え方に立ち、防災都市づくり推進計画「木密地域不燃化10年プロジェクト」にも引用・参照しています。

 岩見氏は都の不燃化10年プロジェクトについて、「延焼遮断帯の整備」と「延焼遮断帯で囲まれた市街地の不燃化推進」を2本の柱として、相乗効果により不燃化を促進する構成は「正しいアプローチ」と発言。その上で、実際にはこの2本柱が別々に追及されているところに根本的な問題があると指摘しました。

 不燃領域率と火災による消失率との関係について、東京都が策定した「防災都市づくり推進計画〈整備計画〉平成8年度(1997年3月)」(出典:建設省の同報告書)にあるグラフを示し、具体的な数値で説明。不燃領域率が70%を超えると消失率はほぼ0%になることから、不燃領域率70%を大きく下回る場合において延焼遮断帯は有効であるが、70%を超えるとむしろ効果はなく、「市街地の不燃化を進めることこそ重要」と解説しました。

 岩見氏は、延焼遮断帯には地域の既存資源を利用すべきと強調。「建設省は地域の具体的な条件を踏まえて防災まちづくりのあり方を探求しようとしているが、都は延焼遮断帯=都市道路と捉える姿勢が強い」とのべました。

 岩見氏はその上で、志茂1丁目の特徴について言及。当地区は2018年の段階で不燃領域率70%を超えており、現道の86号線沿線は不燃化の建物が多く、南側には広大な面積を占める北運動公園があることから、志茂1丁目と同面積の不燃化ゾーンが形成されていると主張。「建設省の考えに従えば、補助86号線を整備する必要はまったくない」と証言しました。

シミュレーションで検証

 続いて岩見氏は、自身が作成した志茂1丁目の延焼シミュレーションについて解説。シミュレーションに使用したデータは、住民が志茂1丁目の約1870世帯を一棟一棟歩いて回り、耐火・準耐火・木造建物の棟数を確認したもの。その緻密なデータをもとに、風向きや風速は都の最も厳しい条件を採用してシミュレーションを行いました。

 延焼シミュレーションは①「10年プロジェクト」開始年次(2012年)における市街地②不燃領域率70%をほぼ達成したと想定される現状市街地(2020年)③防災生活道路沿道と現道の86号線沿道の不燃化を行った場合―の3パターンを公開。現道沿道の不燃化のみで、延焼はほぼ抑えられることを証明しました。

 最後に岩見氏は「建設省の基本的な防災観点は、最小の費用で最大の効果を求めている」と、費用対効果の考えも指摘。さらに機能に特化した防災ではなく、環境の改善やコミュニティーの強化などの発想も併せ持つことが必要と強調。住民参加で実現した防災公園や防災まちづくりを紹介し、「住民主体の防災まちづくりを志茂1丁目に期待したい」と締めくくりました。

 都の代理人による反対尋問は、岩見氏の証言に対して信頼性が揺らぐような印象を与える質問を試みましたが、「中途半端な尋問」(弁護士)となり短時間で終わりました。

 次回の裁判は11月30日、結審の予定です。

 

 

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