街角の小さな旅(11)平櫛田中彫刻美術館とオープンガーデン 生命持つような彫像、独特の造形の世界〈2021年7月4日号〉
- 2021/7/4
- 街角の小さな旅

平櫛田中彫刻美術館は西武多摩湖線一橋学園駅から徒歩10分ほど、平櫛が最晩年を過ごした住居・九十八叟院に併設してあります。
平櫛は1872年に生まれ、107歳で天命を全うするまでに、国立劇場のホールに展示されている「鏡獅子」をはじめ「尋牛」「活人箭」などの作品を残した日本の近代彫刻を代表する彫刻家です。
平櫛は日本近代美術の黎明期に中心的役割を果たした岡倉天心に師事するとともに稀代の禅僧・西山禾山の影響をうけ、仏教説話や中国の寓話などを題材にした作品を多く作出するとともに彫塑による肖像、高さ2メートルに及ぶ大作「鏡獅子」からわずか20センチメートルの小さな「気楽坊」まで独特の造形の世界を創りあげました。
平櫛は、岡倉天心から言われた「諸君は売れるようなものをお造りになるから売れません。売れないものをお造りなさい。必ず売れます」という言葉を心に留め創作に励みました。
彫刻はあってなくて、なくてある世界がわからなきゃ駄目なんだ
平櫛田中
作品の前に立つと、いまにも瞬き、歌を口ずさみ、矢を射、舞いはじめる―本来、動くことのない彫像があたかも生命を与えられ動き出す、平櫛が追い求めた「世界」を目のあたりにすることができます。
平櫛の人物像はどれも長躯で痩身。うつむき加減の姿は飛鳥時代の仏像を想起させます。
また、「鏡獅子」は、歌舞伎役者6代尾上菊五郎をモデルに試作を何度もくり返し、完成までに22年を要しました。この「鏡獅子」は題目が舞台のうえ、しかも様式美の歌舞伎舞踊の所作という虚構の世界であって、平櫛は「あってなくて、なくてある」世界を創出するために、四半世紀に及ぶ歳月を必要としたのでした。
彫刻美術館に展示されている「鏡獅子」は、本作完成後に高さ58センチメートルの作品として製作されたものです。舞台のうえの尾上菊五郎の舞姿がそこにありました。
九十八叟院は平櫛98歳の時に建てられた書院造を基本にモダン建築の要素を組みあわせたもので、ここで平櫛は亡くなるまで像を彫りつづけました。前庭には平櫛が100歳の時に購入した彫刻用のクスノキの原木が残されています。

オープンガーデン

彫刻館のある小平市はイギリス発祥のオープンガーデンが盛んな街です。もとはイギリスでチャリティ事業として個人庭園を開放してその入園収入を寄附することがはじまり。自然のままの植物や花を楽しむイングリッシュガーデンの魅力に引かれて世界各地からツアーが組まれるほど人気があります。
日本では120地域ほどのオープンガーデンが数えられ小平もその一つ。現在、市内に27カ所のオープンガーデンがあり、個人宅の庭を一般開放しているもの、カフェなどで楽しめるもの、園芸店が開放しているものなどさまざまです。
また、小平には「美しい日本の歩きたくなる みち 500選」(2004年)、「新日本歩く道紀行100選 水辺の道」(2015年)に選定された玉川上水、野火止用水、狭山・境緑道を周回で結ぶ「小平グリーンロード」が整備されており、オープンガーデンもこの三つのグリーン道路にそって訪ねることが出来ます。(市ホームページにガイドマップ)
彫刻記念館の前を流れる玉川上水の遊歩道を上流に向かって歩みを進めると川底は深く切り立った崖下を流れ、コナラやクヌギ、ケヤキの木立に木漏れ日がさしこみます。武蔵野の雑木林も残されており、日向から緑道に入るとヒンヤリと爽やかな風が吹き抜けていきました。
この玉川上水に沿って7ヵ所のオープンガーデンがあります。市境に「森田オープンガーデン」の案内プレート。オーナーが種まきから始めた1000坪の手づくりの庭の花を楽しむことができます。

末延渥史
東京民報201年7月4日号より












