子どもの頃、漫画「あしたのジョー」に影響を受けボクサーを志した新田渉世少年は18年後に東洋太平洋チャンピオンの座を勝ち取り、「国立大卒初の王者」と話題になりました。その後、渡米し、会社員を経てボクシングジムを開設。日本プロボクシング協会の役員として尽力する中で、袴田事件(ことば)の被告人とされた元プロボクサーの袴田巌さん(88)を支援する袴田巌支援委員会の委員長を担ってきました。支援に携わって18年となる2024年9月、努力は実り無罪判決を勝ち取りました。支援委員会の活動がWBC(世界ボクシング評議会)で認められ12月10日、ドイツで開かれた総会で表彰され、帰国したばかりの新田さんにボクシングへの思いを取材しました。

広がった袴田支援
ー2024年を振り返って印象深いことは。
新田 袴田さんの再審決定、無罪確定です。再審開始は針の穴にラクダを通すと形容されるくらい難しいのに実現しました。まだ、その重みを実感しきれていないんじゃないかと思っています。
一生懸命たたかって良い結果が出たことで、本当に良かったという気持ちが一番です。難しいところもありましたが、大変な時にも協力していただける方がいて、運動が大きくなり、賛同も増えていきました。結果的にボクシング界一丸となってアピールできたと思います。
明日、明後日、来週、来月という思いでやってきました。だんだん甘いもんじゃないとわかってきましたし、何度も打ちのめされてくじけそうになりました。2008年に協会で後楽園でイベントを開催して、世界チャンピオンが20人くらい集まって一つになってきた時に、最高裁で再審請求が棄却された時の挫折感は何と言ってよいか。
支援委員会は4人ですが熱いパワーで真部豊さん、松岡修さん、本田秀伸さんが参加してくれたから、一緒に頑張ってこられた大きな理由のひとつです。
それと巌さんのお姉さんのひで子さん(91)。何度も倒されても、また立ち上がるボクサーよりボクサースピリットがあります。
支援者が勇気づけなくてはいけない立場なのに、笑って悲しい顔を見せません。ひで子さんに励まされました。










