千代子の生き方を現代の問題として 先駆けた”ジェンダー平等” 「漫画 伊藤千代子の青春」 ワタナベ・コウさん

 裁縫家で漫画家、イラストレーターのワタナベ・コウさんが、戦前の日本共産党員で、治安維持法の下で弾圧され24歳の若さで亡くなった伊藤千代子(別項)の人生を「漫画 伊藤千代子の青春」として出版しました。漫画の原案本の映画化も、撮影が進んでいます。「千代子の生き方を多くの人が知り、受け継いでほしい」と話すワタナベさんに、漫画化への思いを聞きました。(荒金哲 写真・田沼洋一)

ワタナベ・コウ 1963年新潟県生まれ。裁縫家、漫画家、イラストレーター。著書に『ワタナベ・コウの日本共産党発見!!』、『裁縫女子』など多数

 ―伊藤千代子の人生を漫画化された経緯は。

 原案本である「時代の証言者 伊藤千代子」を書かれた藤田廣登さんから、「もっと多くの人に、千代子の生涯を知ってほしい」と、2019年12月に雑誌「治安維持法と現代」で千代子をイラスト漫画にして書いてくれないかと提案されたことがきっかけでした。当時は、雑誌「月刊学習」で「ワタナベ・コウの日本共産党発見!!」を連載中だったので、実現しませんでした。

 共産党について、私の裁縫教室に通ってくれる若い人たちは、「共産党アレルギー」などという以前にほぼ知らない、戦争に反対して弾圧されたことも知らないという人が、ほとんどです。

 もっと多くの人たちに、共産党のことを知ってもらうのに、自分ができることは何かと考えると、私は、商業的なメディアで仕事をしてきた人間です。そうしたメディアでは、分かりやすさとか、とっつきやすさが大切で、イラストで言えば、そこに目を止めてもらって、難しいことを大ざっぱにでもコンパクトにまとめて伝えることが求められます。共産党についても、そういう伝え方を担うのが、自分の役割かなと思っていたところに、藤田さんからの話があって、漫画という形でやってみようと考えました。

 分かりやすさを求める漫画は史実を学ぶのに完璧な方法ではありませんが、他の本や研究への導入としては有効だと思います。千代子を知らない人が、彼女を知るきっかけになればと思います。

女性の無権利に抗して平等求め

 ―ワタナベさん自身は、千代子のどういう部分に魅力を感じられますか。

 治安維持法の弾圧に不屈に立ち向かったことなど、さまざまな面がありますが、私にとって一番の魅力は、女性が無権利状態だった100年前に、今で言う「ジェンダー平等」を求めたことです。

 なかでもすごいと思うのは、小学校時代の恩師である川上(上條)茂と結婚しなかったことですね。千代子は川上に対し、恩師として尊敬する気持ちや、恋愛感情も抱いていたと思います。しかし、彼女の人格をきちんと尊重しようとしない川上について、千代子は「タイラント(暴君)」と友人への手紙に書いています。

 別の女性と結婚後の上條は、「満蒙開拓青少年義勇軍」として多くの子どもたちを満州に送り込んだ信濃教育会の中枢に身を置きました。そうした川上(上條)の本質が千代子には見えていたのではないでしょうか。ジェンダーの視点を持っていたからこそ、結婚しないと選択できた。それが、千代子の個人史の始まりだったと思います。

 ―原案本も読んでいましたが、漫画を読んで、「上條とのこういうエピソードがあったんだ」と気付かされました。

「漫画 伊藤千代子の青春」(新日本出版社、1300円+税)原案本=藤田廣登「増補新版 時代の証言者 伊藤千代子」(学習の友社、1600円+税)

 獄中でのたたかいなどに関心が行きがちで、見落としがちなエピソードかもしれませんね。私にとっては、最初に漫画のラフ(下書き)を書いた時から、二人のエピソードは、一番、魅かれた部分でした。

 そのラフを、映画化のサポーターの会の人たちに見てもらった時に、年長の女性の方が「上條と千代子のくだりを描いてくれてありがとう。自分も、この部分をすごいと思っていた」と言ってくれました。

 千代子のことを以前から知っている人にも、漫画を読んで「こういう側面に光をあてるんだ」と新しい発見があれば、うれしいですね。ぜひ、多くの人に手に取ってもらえればと思います。

行動することで社会は変わると

 ―劇映画「わが青春つきるとも―伊藤千代子の生涯―」の撮影も進んでいます。

 多くの若い人たちに、見てもらえる映画になることを期待しています。千代子たちが訴えたことが、戦後、憲法に結実したように、あきらめずに行動することで、社会は変わるんだということが実感できるような映画になればと思います。

 千代子は治安維持法下の弾圧に立ち向かいました。声をあげる人たちの声をつぶすことで、戦争が起きた。戦争をする国づくりを進める自公政権のもとで、そうした歴史的な事実を多くの人に知ってもらいたいと思います。

 もう一つ、千代子を通して多くの人に知ってもらいたいのは、ジェンダー平等を求めることがいかに大切か、です。習慣的に「上の人に従わないといけない」と思い込んでいたことに、批判の目を向けてみる、男と女の問題だけでなく、ジェンダーは生活全体に関わる大事な視点で、それが社会を変えることにもつながります。その大切さを、私自身も、千代子の人生を描いて改めて感じました。多くの人に千代子の生き方を、現代の問題として考えてもらえればと思います。


伊藤千代子 1905〜1929年。現在の長野県諏訪市生まれ。東京女子大で社会科学研究会に入り、長野県の製糸工場での大争議の支援などに取り組むなかで、22歳で日本共産党に入党。その半月後に、共産党への大規模弾圧「3・15事件」で逮捕されました。獄中で共産党員の夫の政府への屈服を知るものの同調を拒否。精神と肉体を病み、病院に収容されて24歳で亡くなりました。諏訪高等女学校時代の恩師で、アララギ派の歌人だった土屋文明は1935年、「こころざしつつたふれしをとめよ 新しき光の中におきて思はむ」と詠み、千代子を悼みました。の支援などに取り組むなかで、22歳で日本共産党に入党。その半月後に、共産党への大規模弾圧「3・15事件」で逮捕されました。獄中で共産党員の夫の政府への屈服を知るものの同調を拒否。精神と肉体を病み、病院に収容されて24歳で亡くなりました。諏訪高等女学校時代の恩師で、アララギ派の歌人だった土屋文明は1935年、「こころざしつつたふれしをとめよ 新しき光の中におきて思はむ」と詠み、千代子を悼みました。


(東京民報2021年11月14日号から)

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