地域が戦場、想像してみて 沖縄戦司令官 牛島中将の孫、貞満さん 江東の戦争展で講演〈2025年8月10,17日合併号〉

 第二次世界大戦の戦後80年の節目となる今年は各地で過去の戦争を振り返り、平和のための取り組みや催しなどが多く行われています。第8回目となる江東平和のための戦争展(7月29日?8月2日)では資料展示などの他、首里城の地下に掘られた沖縄第32軍首里指令部壕の1/150の模型が展示されました。同指令部を率いた司令官の牛島満中将の孫にあたる模型の製作者で沖縄戦の史実を研究する、元小学校教員の牛島貞満さん(71歳)の解説に夏休みの子どもから大人までが集まりました。

 日本で唯一の一般住民を多く巻き込んだ地上戦で県民の4人に1人が命を失う舞台とされた沖縄。那覇にある首里城の地下には、枝坑を含めると総延長1050㍍にわたる沖縄第32指令部壕が人手で掘られていました。今も入口は残されていますが崩落の危険があるとして立ち入りが禁止されているといいます。

模型を前に解説する牛島さん(中央)

 沖縄県の玉城デニー知事は保存公開や平和発信のあり方について、専門家からなる検討委員会を設置して検討しています。

 模型を組み立てた牛島さんは「私たちが暮らす地域が戦場にあることを想像したことがありますか」と問い、「ロシアのウクライナへの侵略やパレスチナのガザで起きている悲惨な現実を重ねて考えてみたい」と切り出しました。

 昨年の日本被団協のノーベル平和賞受賞で被爆体験を伝える活動をする若者たちも授賞式に参加したことを挙げ、「記憶の継承」が重要だと強調。

 さらに84年前の沖縄の女子高生の写真を見せ、「服装は違うけれど、この子達の笑みと今の女子高生の笑みは同じ。今と当時の女子高生は何が違うのか」と続けました。

 沖縄が戦場になり、鉄の暴風が吹き荒れたのは「沖縄に米軍の航空基地ができれば日本全土を含む広範囲に空襲を行うことが可能になるからだ」と解説。当時の米国に劣る圧倒的な軍事力の差を資料で示し、「日本は持久戦に持ち込むため、皇土(本土)の防波堤、本土決戦準備のための時間稼ぎ」が沖縄の役割であったと説きました。日本軍がやってくると沖縄の人は「守ってくれる」と歓迎したといいます。しかし、沖縄戦が始まると日本軍は住民を守らなかったと説明。

 住民は「米軍の捕虜になると女は暴行を受け、子どもは股裂きをされ、男は戦車の下敷きにされると教えられたが、間違っていた」と振り返りました。

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