多くの人はかつて日本社会が「一億総中流」と呼ばれた時代があったことを覚えていると思います。1960年代ー70年代のいわゆる高度成長の末期に、3C(カラーTV・クーラー・自動車〈car〉)が一般家庭にも普及し、所得は年々向上、もはや戦後的な食うや食わずの貧困は解消された、とする日本社会の姿の一面を表現したものでした。
この時代から半世紀を過ぎ、2020年代に新型コロナ禍に見舞われた日本社会は、新型格差社会になりつつあるという指摘が本書です。
コロナ過はこれまで日本社会が見ようとしてこなかった二つのことを可視化しました。一つは日本社会内部の「格差」がはっきり見えるようになったこと、二つ目には「過去の社会に戻ることはできない」という予感が国民の中に広く行き渡ったことです。前者については、非正規・女性・サービス業の従業員等に強くしわ寄せされている一方で、巨大企業はかつてない利益を上げています。後者については、経済面だけでなく「家族」「仕事」「教育」でも格差の広がりと固定化があり、これらの格差を埋めることは、自助努力ではできないと指摘しています。下流からの入れ替わり(階級上昇)が、個人の努力や頑張りではできないのです。いわば格差は階級化され構造化されているのです。「上級国民」という言葉が出てきたように日本は身分社会になりつつあります。
8月6日の小田急電車内での無差別殺人未遂事件は許しがたい事件ですが、この事件の背景にも、こうした社会への「絶望」が漂っているような気がしてなりません。
著者は、日本における家族社会学の第一人者です。20年前に「学卒後もなお親と同居し、基礎的生活条件を親に依存している未婚者」の社会的存在を発見し(『パラサイト・シングルの時代』1999年)、教育システムに劣化により若者の「希望格差社会」が生じていることを鋭く指摘してきた論者です。
社会を丸ごと研究対象として捉え分析と提言を続けている社会学者の理論は、現代社会を見るのに有効な方法であると思います。(フリーライター・松原定雄)
(東京民報2021年8月22日号より)