
シェイクスピア(1564~1616年)が生きた時代は、感染症ペストが6度流行しました。
人々は死の不安と生への妄執(もうしゅう)で苦しみもがいていました。しかし、シェイクスピアは、ペストを主題にした作品はまったく書いていないのです。
著者はその事について、シェイクスピアは、「恐るべきペストを記録として残すというリアリズムではなく、人間をあるがままに描くことに重きを置いたのであろう」「人間を主題とし、その本質を捉えようとしていたのかもしれない」と分析、また、生涯をペストの恐怖の下で生きている観客に、「あえて疫病患者や病状そのものを語ることを避けたのであろう」と述べています。
そして、シェイクスピアの作品(芝居)は、人々の不安や恐怖、そして苦悩を和らげ、明日へと生きる活力となったとして、『ジュリアス・シーザー』『マクベス』『リア王』『ハムレット』『夏の夜の夢』の五作品をわかりやすく読み解き、そこに描かれている政治的背景、人間群像などを舞台のせりふも紹介しながら示しています。
著者は、その中で五作品には、社会、階級、格差のなかで葛藤する人間の姿、暴君や為政者の立ち位置、批判精神のあり方、人間の尊厳、自然と共生して生きることの大切さなどが描かれていることを解説しています。
それはコロナの時代を生きる私たちに、大きな示唆を与えてくれるものです。
一つ一つの作品でどう描かれているかは、本書をお読みください。
一つだけ紹介すると、『リア王』の中で暴君の残虐な行為を、命懸けで「いまお控えを願うことが最上のご奉公」といさめる「シェイクスピアの偉大なる英雄の一人」と言われている「無名の召し使い」のことは大変印象的です。彼は生と死の間(はざま)で人間の尊厳を守ったのです。
本書は今日のパンデミック時代におけるシェイクスピア作品の良き案内書です。
この著作をお読み頂き、シェイクスピア作品を味わってみてください。
(柏木新・話芸史研究家)
(東京民報2021年9月19日号より)