【 #Web東京民報 連載】⑦小説家への道を説いた天然居士、米山保三郎 池内俊雄

 金之助(漱石)に関係した人の顔ぶれは後に「山脈」と評される程多士済済に及び、その広さと複雑さは、金之助を要とする曼荼羅(まんだら)の様相を呈している。その内の誰か一人でも欠けたら、金之助の人生は全く別のものになっただろうが、小説家としての運命を決定づけた者をあえて挙げるとすれば、正岡常規(子規)と、「天然居士」こと米山保三郎の2人であろう。

 保三郎は明治2年(1869年)、金沢藩士の家に生まれ、15の年に上京、翌明治18年に東京大学予備門に入った。正岡常規は保治郎が自分を尋ねて来たのを「余が猿楽町の下宿に居りし時なれば明治十九年の秋の頃なりけん」と回顧し、自分より保三郎が二歳若い上、話が高等数学の微積分から哲学にまで及んで、スペンサーの『哲学原論』を読んでいたことで4回驚いたと記している。

 留年して保三郎と同じ学年になった金之助は、保三郎に「日本では大建築を後世に残すことはできない、それよりも文学に可能性がある」と諭され、工科(建築)から文科(英文学)に転向した話はよく知られている。

米山保三郎の墓(文京区千駄木) 米山保三郎は文京区千駄木にある養源寺に眠る。明治30年の5月に亡くなった保三郎の葬儀に金之助は顔を出せず、同年7月末に父直克が亡くなった際に熊本より上京し、おそらく養源寺に足を運んだことと思われる。養源寺は、小説「坊ちゃん」に登場するキヨが葬られた寺に設定されている。

 保三郎は明治30年に肋膜炎をこじらせて急逝、熊本五高にいて養源寺へ行けない金之助は「米山の不幸は返す返す気の毒の至に存候(ぞんじそうろう)文科の一英才を失ひ候事痛恨の極に御坐候(ござそうろう)同人如きは文科大学あつてより文科大学閉づるまでまたとあるまじき大怪物に御座候蟄龍未だ雲雨を起こさずして逝く」と、その才能が世に問われることなく消散したことをしみじみと惜しんでいる。『吾輩は猫である』の中で曽呂嵜(さき)の名で天然居士を登場させ、「天然居士は空間を研究し、論語を読み、焼芋を食ひ、鼻汁を垂らす人である(同 三)」と書いて、「鼻汁を垂らす」は酷だから、消そうと線を引き、「焼芋を食ふ」も蛇足だからと割愛し、「天然居士は空間を研究し論語を読む人である」だけになった。しかし、何とも面白くないので「空間に生まれ、空間を究め、空間に死す。空たり間たり天然居士噫」と意味不明の語を連ねた。保三郎の特徴を象徴する、空間・論語(を含む禪書・仏典)・焼芋・鼻汁などは本人の生前の実話に拠るが、禅書「碧眼録」の第 34 則の「評唱」を下に敷いて、保三郎の俗世界を超越した天然ぶりを効果的に印象付けたのである。

 懶瓚(らんさん)和尚、衡山石室中に隠居す。唐の徳宗(とくそう)其の名を聞いて、使いを遣はして之を召す。使者其の室に至つて宣言す、天子詔有り、尊者当まさに起つて恩を謝すべしと。瓚方まさに牛糞を撥はらつて、焼芋を尋ねて食す。寒涕(かんてい)、頤(おとがい)に垂れて未だ嘗(かつ)て答へず。使者笑つて曰く、且(しばら)く勧む、尊者洟(はな)を拭へと。瓚曰く、我豈(あに)工夫して俗人の為に洟を拭うこと有らん耶(や)といつて、竟(つい)に起たず。

 金之助はまた保三郎の兄の求めに応じて写真を複製し、そこに「空に消ゆる鐸の響や春の塔」の句を自讃して送った。

(いけうち・としお 日本文化・文学研究家)

〈東京民報 2020年4月26日号より〉

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