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- 【書評】死刑存置の社会に問う 『死刑について』 平野啓一郎 著
世界で死刑制度を存置しているのは55カ国です。いわゆる先進諸国(OECD38カ国)で存置しているのは日本、アメリカ、韓国の3カ国のみです。しかも、韓国では1997年以降26年間も執行されていません。また、アメリカでは50州中23州で廃止され3州で停止され、連邦レベルでは2021年7月以降、執行は停止されています。今なお、国家として死刑を執行しているのはOECD加盟国では、日本だけになっています(本書巻末付録から)。

1320円(税込み)
ひらの・けいいちろう 1975年愛知県生まれ。北九州市出身。京都大学法学部卒。小説『日蝕』(1998年)が第120回芥川賞を受賞。著書多数。
著者は、著名な小説家です。現在では死刑「廃止派」ですが、20代後半まで「存置派」に近く「死刑制度があるのはやむを得ない」と考えていたと告白しています。この本で自身の思考過程を丹念にたどっています。
あるテレビ番組で高校生が発した「なぜ、人を殺してはいけないのか」の問いに大人はうまく答えられませんでした。著者はこれに答える必要を感じ考えだします。まず、考えたのは宗教的信念ですが、日本にはそうした宗教的信念が強くありません。そして憲法に行きつきます。しかし、メディアなどで「法律、憲法で禁じられているから」と答える人は意外と少なかったといいます。
次に、被害者・家族に注目し接することで徹底した被害者の視点で作品を書きます。この作品を書いたことにより死刑制度はあるべきでないという確信を持つにいたります。第一に警察捜査の実態が冤罪事件を生み出しかねないようなものであること、第二に加害者の社会的背景を問うことなく「個人の責任」としていること、第三に「人を殺してはいけない」は絶対的禁止であるべきなのに、死刑は「事情があれば」国家は殺すこともやむを得ないという相対基準・例外規定にしているという問題です。さらには、日本での死刑の執行が大臣交代などの「政治日程」により決められているという恣意性です。
この他、著者は犯罪抑止効果の否定、被害者感情、被害者・家族のケアの欠如の問題、人権教育の失敗、世界的な視点など幅広くかつ過不足なく指摘しています。具体の事件の資料もあり、死刑について考えるための基本書と言える良書です。
(松原定雄・ライター)
〈2022年11月20日号から〉