街角の小さな旅17 日本の芸術の揺籃の地、並び立つ 旧東京音樂学校奏楽堂と寒牡丹〈1月16日号より〉
- 2022/1/10
- 街角の小さな旅

日本の近代音楽史の幕を開けた東京音樂学校の奏楽堂は、上野のお山の東京国立博物館の先、木立のなかにあります。
奏楽堂は現在の東京藝術大学の前身、東京音樂学校の校舎として建てられた木造建築物で、その2階に瀧廉太郎がピアノを弾き、山田耕筰が歌曲を歌い、三浦環が日本人初のオペラデビュー公演を飾った奏楽堂=コンサートホールがあります。
重要文化財に指定されている現在の建物は、一時、廃校、都外移転の危機を迎えましたが、芥川也寸志など東京藝術大学卒業者の保存運動を経て、現在地に移転保存されたものです。
近代日本の芸術活動は、徳川幕府が倒され、薩長同盟による新政府が樹立され、資本主義の道と近代化を歩みはじめた日本が、欧米列強によって結ばされた安政の不平等条約を解消するために、「脱亜入欧」をめざし欧米列強と肩を並べた「一等国」となるために進めた欧化政策の一環として始まりました。
東京音樂学校はその欧化政策のもと西洋音楽の教育を目的とした官立学校として1887年に設立されました。

東京音樂学校は初め、外国人教師を招聘。創作活動はヨーロッパの楽曲に日本語の文語体の歌詞をつけた唱歌から始まりました。やがて日本人による作詞・作曲による「赤い靴」「七つの子」(本居長世作曲)などの唱歌に発展。20世紀に入ってからは瀧廉太郎、山田耕筰などを輩出しました。
歴史の趣を感じさせる建物の1階の展示室では、思わず口ずさんでしまう唱歌や童謡、芸術歌曲など、同校を卒業した音楽家が遺した作品に関わる資料や音楽学校の歴史を伝える資料が展示されています。2階のコンサートホール(奏楽堂)には、1928年にイギリスから輸入された日本最古級のコンサート用オルガンで、日本にただ一つ現存する空気式アクション機構のパイプオルガンがあります。日曜コンサートなどで演奏を楽しむことが出来ます。
黒田記念館
「湖畔」など外光派と言われる画法で知られ、近代日本の美術に大きな足跡を残した黒田清輝の記念館(登録有形文化財)は奏楽堂のはす向かいにあります。

記念館は1928年に建設された20世紀初頭の貴重な美術館建築です。1階にある特別室に入ると1900年のパリ万博に出品された「智・感・情」が正面にあり、圧倒的な空気感で迎えてくれます。特別展示室は年3回、新年、春、秋に公開されており、外光描写による青くかすむ湖を背景に、団扇を手にした浴衣姿の女性を描いた「湖畔」や「読書」「舞妓」が展示されています。キャンパスのなかの女性のつぶやき―そこに黒田の世界がありました。
また、今回の展示(1月16日まで)では、「昔語り図画稿」が展示されており、そのなかの木炭画の「草刈り娘の顔」のつぶやきに足を引き止められました。
美術館陳列館
東京藝術大学大学美術館陳列館は、黒田記念館を設計した建築家・岡田信一郎の設計によるもので、外壁に貼り付けられた赤いスクラッチタイルが印象的です。奏楽堂、黒田記念館、陳列館そして東京美術学校・東京音樂学校を前身とする東京藝術大学が並び建つ、この一隅こそが日本の芸術の揺籃ゆりかごの地であったのです。

東照宮の寒牡丹
徳川家康を祀った上野東照宮。牡丹園では花の少ない冬の正月の縁起花とされる寒牡丹が盛りを迎えています。霜よけの藁囲いに囲われて咲く寒牡丹は冬の風物詩です。 臘梅ろうばいが咲いており、ほのかな香りがしました。(2月23日まで)
社殿、唐門、透塀、大石鳥居はいずれも国指定重要文化財。紀伊、水戸・尾張の徳川御三家をはじめ全国の大名家から寄進された銅灯籠(48基)は重厚です。
旧池田屋敷の黒門
32万石の大大名、因州池田家の江戸屋敷の表門。向唐破風造の番所を左右に備えた最も格式の高い門で重要文化財。博物館の堀に沿ってあります。
(東京民報2022年1月16日号より)