【 #Web東京民報 連載】25 肌と家庭の温もりを感じた義姉、夏目(水田)登世

 明治18(1885)年に二人の男子を相次いで失った金之助(漱石)の父直克は、夏目家の跡取り候補が一気に少なくなったのを憂慮して、金之助の復籍を図っていた。養親の塩原夫妻に240円を支払うことで、明治24年の1月金之助は夏目の姓に戻った。その3年前の4月30日、夏目家を継いだ直矩は水田登世を二番目の妻に迎えた。登世が夏目に嫁ぐと、夏目家と水田家の行き来が増え、登世の二つ下の妹技武が夏目家に来たり、逆に金之助も芝の愛宕にあった水田家へ顔を出すようになった。親の都合でほとんど子としての待遇を与えられなかった金之助は、復籍してもなかなか生家に自分の心休まる空間を見いだせなかった。

 金之助が愛宕の水田家に行った時はよく芋を好んで食べ、「芋金」と呼ばれていたらしい。また水田家の老下女「ます」は、金之助をひいきにして可愛がったそうである。一方、生家で金之助は、病中の嫂(あによめ)登世を背負い、二階への昇り降りを幇助した。家庭の暖かさや母の温もりを知らずに育った金之助にとって、血の繋がっていない嫂とはいえ、幾枚かの布を通して感じた女性の肌の感触は、海綿のように自分の手のひらや脳裏に特段の感傷をもって浸み入ったことであろう。

 兄直矩への反感と嫂への思慕の念は『道草』のなかで詳細に語られている。

愛宕権現(港区愛宕) 金之助の兄直矩の二番目の妻登世は、愛宕権現の神官をつとめた水田孝畜(たかます)の次女で、慶応3年4月の生まれ。金之助とは2カ月しか離れていない。水田家はもともと深川大島町の地主であったが、安政の大地震により財産を失い、愛宕神社の女坂脇へ移った。孝畜が神官を退いた後、金之助の父直克が勤めていた警視庁で知遇を得た。

 「兄は最初の妻を離別した。次の妻に死なれた。その二度目の妻が病気の時、彼は大して心配の様子もなく能く出歩いた。病症が悪阻だから大丈夫という安心もあるらしく見えたが、容態が険悪になって後も、彼は依然としてその態度を改める様子がなかったので、人はそれを気にいらない妻に対する仕打ちとも解釈した。…

 三度目の妻を迎える時、彼は自分から望みの女を指名して父の許諾を求めた。然し弟には一言の相談もなかった。それがために我の強い健三(=金之助)の、兄に対する不平が、罪もない義姉の方にまで影響した。彼は教育も身分もない人を自分の姉と呼ぶのは厭だと主張して、気の弱い兄を苦しめた」

 ここでは、二番目の妻登世をないがしろにした兄の振る舞いに、猛烈な抗議の意思を示している。兄の再々婚への反対も、その相手の学や身分がないというのは表向きの理由で、前妻をおろそかにした兄への批判と登世への追慕の念が高じたものと考えられる。まだ学生であった金之助のために、竹の皮に包んだ海苔巻き弁当をこしらえたのは登世であったと、後に金之助の子ども伸六が回顧している。(いけうち・としお 日本文化・文学研究家)

〈東京民報 2021年1月24日号より〉

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