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- 【アーカイブ】高輪築堤は「世界遺産級」日本イコモスも保存要望〈2021年7月25日号より〉
1872(明治5)年に日本初の鉄道が新橋〜横浜間に開業し、2022年で150年を迎えます。文明開化の幕開けを象徴する存在であり、錦絵にも描かれたわが国初の鉄道の遺構「高輪築堤」が昨年、約1.3㌔にわたり、奇跡的にほぼ当時の姿を維持した極めて良好な状態で「高輪ゲートウェイ駅」の西側(港区)から出土しました。JR東日本が事業費約5500億円規模で進めている「品川開発プロジェクト」計画エリア内で発見されたことから、開発か保存かの問題に発展。今年6月20日に、住民や研究者らは全面保存を求める会を発足させました。
住民が全面保存求める会
高輪築堤は明治後期から始まった周囲の埋め立てにより、すでに取り壊されていると考えられていました。しかし2019年4月、品川駅改良工事の際に石積みの一部を発見。その後、山手線と京浜東北線の線路切り替え工事が行われると、「海上を走る鉄道」として伝えられてきた幻の築堤が姿を現しました。
明治政府が鉄道建設を決めたのは1869(明治2)年。当時、高輪周辺の土地は国防上必要であり、政府の要職を務めていた大隈重信が海上に線路を敷設するよう指示したと言われています。
工事はイギリス人技師による指導のもとで行われました。石垣は、江戸時代の築城にも活用され
た在来の技術と西洋の技術が融合。新橋駅から7番目の位置に設置された「第7橋梁(きょうりょう)」と呼ばれる橋の跡地は、漁業や運輸のために舟が出入りできるよう、浜辺と東京湾をつなぐ水路になっています。
さらに日本で最初の信号機土台跡が新たに見つかり、今年4月 9日に報道公開されました。築堤が緩やかなカーブを描く場所に、周囲よりやや高く、四角形に石が積み上げられ、内部に角材が十字型に設置されています。

このような文化的価値の高さに、産業遺産学会や日本考古学協会、鉄道史学会など、多数の学協
会が保存に関する要望書を続々と関連機関に提出。これを受け、2月16日に萩生田光一文部科学相、5月29日に菅義偉首相が現地を視察しています。
JR東日本はこの間の4月21日に、第7橋梁を含む約80㍍と約40㍍の2カ所を現地保存、信号機土台部を含む約30㍍を移築保存、それ以外は記録保存後に解体するという方針を発表。計画は変わることなく、すでに解体作業が進んでいます。
21世紀最大の発見
全面保存を求める会は10日、一般社団法人日本イコモス(ICOMOSJapan)国内委員会(日本イコモス)より、「技術遺産小委員会」主査・産業遺産学会前会長の伊東孝氏を講師に招き、港区内で学習会を開きました。
イコモスは「国際記念物遺跡会議」の略称で、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の諮問機関。その日本国内のイコモス会員が組織する日本イコモスが5月24日、国土交通省や文部科学省、文化庁、都知事、JR東日本などに高輪築堤の現地保存と開発計画見直しの要望書を提出しました。