【書評】見えてくる歴史の細部 『地図と拳』 小川哲 著

 歴史書やドキュメンタリーで学んだ「日中戦争」の歴史が“エンターテインメント”になった! これが読後の第一印象です。日清戦争後、中国東北部の地に「燃える土」を求めて中国、ロシア、日本が対峙する。資源のない日本は鉄と石炭を求め、政情不安な清国を援助、ひいては「満州国」という傀儡かいらい国家をつくるという野望がある。

 満州調査の任を担って、通訳である若き細川とやってきた高木は日露戦争で戦死。その後、細川は満州鉄道を経営する満鉄の要職に就く。「満州は日露戦争による10万の英霊によって手に入れた土地、日本はこの土地の資源を有効活用する権利がある」と須野という気象学者に「満州国という白紙の地図に日本人の夢を書き込め」という。死んだ高木の妻と須野は細川の縁で結婚、明男が生まれる。帝国大学で建築を学ぶ明男は父の依頼で満州に行き、新しい都市「仙桃城都邑計画」に参画する。そこで抗日ゲリラの丞琳を知る。

集英社 2022年
2420円(税込)
おがわ・さとし 1986年千葉県生まれ。2015年に『ユートロニカのこちら側』でデビュー。『地図と拳』で山田風太郎賞、直木賞を受賞

 これらの主な登場人物を縦糸に日本の傀儡国家「満州国」の建国と壊滅までの50数年の壮大なドラマが描かれる。その過程で「五族協和」とか「王道楽土」といった都合のよい大義名分が掲げられ、学者肌の建築家や国粋主義者、軍人、共産党員も登場し様々な議論が展開される。丞琳は言う。「日本人は我々の要求にすべて従えと要求し、断ると銃を向ける。武力で都市を占領し住民たちからすべてを奪う」と。

 日本の敗戦から10年、まだ国交のない中国へ明男はやってくる。そこには日本軍が撤退した後、ソ連兵がすべてを奪い、八路軍と国民党軍が激しく闘って廃墟となった仙桃城があった。丞琳もいた。その風景を写真に収めながら明男は「申し訳けありませんでしたとつぶやく。そしてすべてに謝る、じぶんたちがしてきた、すべてのことに」。

 巻末の150余もある参考文献に目をこらしているとさらに歴史の細部が見えてくるような迫力がある。エンターテインメントではあるが「事実」としての記録文献の上に実った傑作です。本書を読みつつテレビから流れるウクライナの戦場がオーバーラップする。若い人たちにぜひ読んでほしい。(なかしまのぶこ・元図書館員)

〈東京民報2023年4月16日号から〉

関連記事

最近の記事

  1. ① 発がん性物質PFAS「都は汚染源特定し対策を」多摩地域 都調査で21自治体検出 ② 日比…
  2.  9月17日から一週間、パリを訪れました。昨年11月、フランス大使館から連絡があり、同国外務省主催…
  3.  岸田内閣の首相補佐官に15日、国民民主党の元参院議員で、同党の副代表を務めた矢田稚子氏が就任しま…
  4.  株式会社東京民報社の第51期定時株主総会が9月22日、港区内で開かれ、事業報告や決算報告などが原…
  5.  急激な物価高や光熱費の高騰が国民生活を侵食し疲弊させているにもかかわらず、政府与党は効果的な施策…

インスタグラム開設しました!

 

東京民報のインスタグラムを開設しました。
ぜひ、フォローをお願いします!

@tokyominpo

Instagram

10月1日の制度開始が目前に迫ったインボイスに反対する、52万人超の署名の受け取りを岸田文雄首相に求める集会が9月25日、開かれました。インボイス制度を考えるフリーランスの会(STOP! インボイス)が主催。1000人以上が参加し、オンラインでも同時配信されました。
#日本共産党 の #山添拓 参院議員が9月17日から1週間、フランス・パリを訪れました。フランス外務省主催で毎年、世界各国から75人を招待する「将来を担う人材招聘プログラム」の対象となったもの。連載コラム「未来を拓く」特別編として寄稿してもらいました。
#日本共産党都議団 は9月20日、多数の樹木を伐採する #神宮外苑再開発(新宿、渋谷区)で、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の諮問機関 #イコモス(国際記念物遺跡会議)が再開発撤回を求める「ヘリテージ・アラート」発令などを受け、改めて秩父宮ラグビー場の移転建て替えを中止し、現在地での再整備を検討するよう盛山正仁文部科学相と日本スポーツ振興センター(JSC)あてに申し入れました。
#新宿区 は8日、#明治神宮外苑 の再開発事業者が申請した25本の樹木伐採を許可しました。このことに対し市民グループ「#未来に子どもたちの笑顔をつくる神宮外苑を考える会」は12日、新宿区役所前で抗議のスタンディングを行い、約40人が参加。#神宮外苑 をテーマにした #サザンオールスターズ の曲「#Relay ~ #杜の詩」を合唱し、「かけがえのない日本と地域の宝、神宮外苑を壊さないで」と訴えました。
環境省が東京電力福島第1原発事故で発生した汚染土を、#新宿御苑(新宿区内藤町)の花壇で「再生利用」する実証事業を計画している問題で、#日本共産党 議員や住民らは14日、環境省から直近の状況説明を受けるとともに、実証事業を強行しないよう求めました。
政府が10月から導入をねらう「#インボイス(適格請求書)」制度を止めようと、#日本共産党 の #小池晃 参院議員・書記局長とさまざまな分野のクリエーターらが語り合う懇談企画が14日、ネット中継されました。品川区議会で、インボイス延期の請願に取り組んだ「#品川フリーランスの会」が主催したもの。声優やイラストレーター、写真家、演劇人などが、小池氏と語り合いました。
ページ上部へ戻る